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院長のとっておきの話 その37 お口の細菌が全身を巡る?専門家が解き明かす「フソバクテリウム」の驚くべき正体

毎日の歯磨きや定期的な歯科検診。口腔ケアといえば、虫歯や歯周病を防ぐためのもの、というのが一般的な認識でしょう。お口の中を清潔に保つことは、健康な歯と歯茎を維持するために不可欠です。しかし、もし健康な人の口の中にも普通に存在する特定の細菌が、血流に乗って全身を巡り、大腸がんや関節リウマチといった深刻な病気の発症に関わっているとしたらどうでしょうか。

近年、お口の細菌と全身の健康との意外なつながりが、最新の研究によって次々と明らかになってきました。単なる口内の問題にとどまらず、全身の疾患に影響を及ぼす可能性が指摘されています。
この記事では、そうした細菌の中でも特に注目されている「フソバクテリウム・ヌクレアタム」という細菌に焦点を当て、その驚くべき正体と私たちの健康への影響について、専門家の視点から分かりやすく解説していきます。
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1. ただの口内細菌ではない:「越境病原体」フソバクテリウムとは?

フソバクテリウム・ヌクレアタム(Fusobacterium nucleatum、以下Fn)は、グラム陰性の嫌気性細菌で、私たちの口腔内フローラ(細菌叢)を構成する常在菌の一種です。健康な人の口の中にもごく普通に存在しています。
しかし、この細菌は特定の条件下でその性質を一変させます。普段はおとなしい口の常在菌から、研究者が「越境病原体(transboundary pathogen)」と呼ぶ、厄介な存在へと変わるのです。

「越境病原体」とは、口や腸などの粘膜バリアを突破し、血流に侵入して、本来いるべき場所から遠く離れた臓器や組織に定着し、そこで病気を引き起こす能力を持つ病原体を指します。Fnはまさにこの性質を持ち、口の中から全身へと影響を及ぼす可能性を秘めているのです。
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2. 口から全身へ:フソバクテリウムが関与する意外な病気リスト

Fnが口から移動し、関与が指摘されている病気は多岐にわたります。ここでは特に意外なものをリストアップしました。

- 大腸がん (Colorectal Cancer): 大腸がんの組織内で頻繁に発見され、腫瘍の進行を促進することが知られています。
- 関節リウマチ (Rheumatoid Arthritis): この細菌が放出する外膜小胞(OMV)が、FadAという接着因子を関節まで運び、症状を悪化させる可能性があります。
- 早産 (Preterm Birth): 胎盤に侵入して炎症を引き起こし、早産などの合併症の原因となることがあります。
- 炎症性腸疾患 (IBD; Inflammatory Bowel Disease): 腸のバリア機能を損ない、異常な免疫反応を引き起こすことで病態に関与します。
- 動脈硬化 (Atherosclerosis): 肝臓の脂質代謝を乱すことで、血管のプラーク(粥腫)形成の一因となる可能性が示唆されています。
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3. がんの「隠れ蓑」?免疫システムから腫瘍を隠す巧妙な手口

Fnが特異なのは、単に炎症を引き起こすだけでなく、がん細胞が私たちの免疫システムから逃れるのを助ける、巧妙な手口を持っている点です。
そのメカニズムの一つに、Fnが持つ「Fap2」という毒性因子が関わっています。Fap2タンパク質は細菌の表面にあり、これが人間の免疫細胞の表面にある「TIGIT」という受容体に結合します。この結合は、免疫細胞に対して「攻撃するな」という偽の信号を送る働きをします。
この「隠れ蓑」のような機能によって、本来がん細胞を攻撃するはずの免疫細胞の働きが抑制され、がん細胞は破壊を免れて増殖しやすくなります。
Fap2は、ヒトの抑制性受容体TIGITに結合することで、免疫細胞による腫瘍への攻撃から腫瘍を保護する。

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4. 敵だけじゃない:善玉菌とのバランスが鍵

ここまで聞くとFnは非常に悪質な細菌に思えるかもしれませんが、希望もあります。Fnが体内に存在すること自体が、即座に病気を引き起こすわけではありません。重要なのは、他の細菌とのバランス、つまりマイクロバイオーム(微生物叢)全体の健全性です。
研究によれば、私たちの腸内にはFnの増殖や定着を抑制してくれる「善玉菌(プロバイオティクス)」が存在します。
具体的には、ラクトバチルス・ラムノースス(Lactobacillus rhamnosus)やアッカーマンシア・ムシニフィラ(Akkermansia muciniphila)といった細菌が、Fnに対抗する力を持っていることが確認されています。これらの有益な細菌は、抗菌物質を分泌したり、腸の免疫機能を調整したりすることでFnの活動を抑え、腸内環境のバランスを保ち、私たちの健康を守るのに役立っています。
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Conclusion: A New Perspective on Oral Care

この記事で見てきたように、フソバクテリウム・ヌクレアタムという一般的な口内細菌は、「越境病原体」として全身の健康に深刻な影響を及ぼす可能性を秘めています。この発見は、口腔ケアに対する私たちの考え方を大きく変えるものです。

日々の歯磨きやデンタルフロスは、もはや虫歯や歯周病を防ぐためだけのものではありません。それは、全身の健康を維持し、より深刻な病気のリスクを管理するための、重要で積極的な手段となり得るのです。

お口のケアが、がんや関節炎の予防にも繋がるかもしれないとしたら、日々の歯磨きに対する意識は変わりますか?

【動画で知りたい方はこちら↓】(一部読み方がおかしい部分がありますが内容は正確です)
