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院長のとっておきの話 その48 子どもの歯列矯正、その常識は間違いかも?最新科学が明かす意外な真実

お子さんの歯並びが少しガタガタしているのを見て、「早く治してあげたいけれど、どんな治療法がいいのだろう?」と悩まれている保護者の方は少なくないでしょう。特に最近は新しい装置や技術も次々と登場し、選択肢が多すぎて混乱してしまうのも無理はありません。

そんな保護者の皆さまの疑問に答えるべく、世界で最も信頼性の高い科学的根拠をまとめる「コクラン・レビュー」という機関が、子どもの歯の叢生(そうせい:歯がガタガタに並んでいる状態)、つまり、歯が重なり合ったり、ねじれて生えたりしている状態のことですが、これに対する様々な矯正治療の効果を徹底的に調査しました。その結果は、私たち専門家にとっても、そして保護者の皆さまにとっても、非常に興味深く、時に意外なものでした。

この記事では、科学的レビューから明らかになった、特に重要で、これまでの「常識」を覆すかもしれないポイントを分かりやすく解説します。お子さんのための最善の選択をするための一助となれば幸いです。

「新しい」は「優れている」とは限らない:セルフライゲーションブラケットの真実
歯に直接つけるブラケット装置には、ワイヤーをゴムや細い針金で固定する「従来型」と、ブラケット自体にシャッターのようなクリップが内蔵されていてワイヤーを留める「セルフライゲーションブラケット」という新しいタイプがあります。見た目も近代的で、より高価な場合が多いため、「新しい方が早く、きれいに治るのでは?」と期待される方もいらっしゃるでしょう。
しかし、今回のレビューでは驚くべき結論が示されました。

複数の研究を分析した結果、歯のガタガタが解消される度合いや、歯並びが整うまでの期間において、セルフライゲーションブラケットと従来型のブラケットとの間に効果の違いを示す証拠はない、とされたのです。
では、新しい装置にメリットは全くないのでしょうか?一つだけ、明確な利点が確認されました。それは、歯科医がワイヤーを交換する際の作業時間です。セルフライゲーションブラケットは、ワイヤーの着脱が格段に速く、治療中のチェアタイムを短縮できるという点です。
これは患者さんにとって意外な事実かもしれません。治療効果そのものではなく、術者側の作業効率を高めることが最大の利点だったのです。もちろん、チェアタイムが短くなることは患者さんの負担軽減につながる側面もありますが、「治療が早く終わる」「より良い結果が出る」というわけではないことを知っておくことは重要です。ですから、装置を選ぶ際には、「見た目が新しいか」「高価か」ということよりも、「お子さんの症例にとって、その装置の特性が本当に必要か」という本質的な問いを、担当医と一緒に考えることが大切です。
「治療を速める」振動装置に効果はあるのか?
「この装置を併用すると、歯が動くスピードが速まります」といった触れ込みで、口にくわえて微細な振動を歯に与える装置(ソース内ではAcceleDentなどが言及)を勧められたことがあるかもしれません。治療期間が短くなるなら、と高価な追加オプションを検討される方もいらっしゃるでしょう。
この点についても、レビューは明確な結論を出しています。
2つの研究を統合して分析した結果、通常のワイヤー矯正に振動装置を追加しても、歯のガタガタの解消を早めたり、歯が並ぶまでの期間を短縮したりする効果は認められませんでした。
さらに、装置を使ったグループと使わなかったグループとで、治療中の痛みの度合いに明らかな差はなかったことも報告されています。高価な追加治療を検討する際には、宣伝文句と、現在得られている質の高い科学的根拠とを冷静に見極める視点が求められます。
将来の歯並びのために親知らずは抜くべき?答えは「いいえ」かもしれない

「親知らず(第三大臼歯)が生えてくると、前の歯を押して、せっかくきれいに並んだ前歯がまたガタガタになってしまう」という話を耳にしたことはありませんか?これは非常によく信じられている説で、将来の歯並びの悪化を防ぐために、早めに親知らずを抜くべきだと考える方も多くいます。
しかし、この長年の「常識」とも言える考えに、今回のレビューは一石を投じました。
調査の結果、親知らずを抜いたグループと抜かなかったグループとで、その後の前歯の歯並びの変化に違いを示す証拠は見つからなかったのです。
ただし、興味深いことに、親知らずを抜かなかったグループの方が、抜いたグループよりも歯列全体の長さ(アーチ長)がより大きく減少したことが報告されています。これは、親知らずが前歯のガタガタに直接影響しなくても、歯列全体の形態には何らかの影響を与えている可能性を示唆しています。
これは、広く信じられてきた通説を覆す重要な発見です。もちろん、虫歯や歯茎の炎症など、親知らずを抜くべき正当な理由は他にもたくさんあります。しかし、「将来の前歯のガタガタを防ぐため」という目的での抜歯は、今回のレビューで示された科学的根拠からは支持されない、ということになります。
では、実際に効果が示された方法は?
ここまで「効果がない」という話が続きましたが、もちろん、効果が示唆された治療法もあります。ここでは、たとえ科学的根拠の確実性が「非常に低い」とされながらも、肯定的な結果が示されたいくつかの方法をご紹介します。

- リップバンパー (Lip Bumper): 下の歯列の外側に装着するワイヤー状の装置です。ある研究では、リップバンパーを使用しなかったグループに比べて、叢生が4.39mmも大きく改善し、歯が並ぶアーチの長さも増加させる効果が認められました。
- シュワルツ装置 (Schwarz Appliance): 主に下の顎を側方に拡大するための、取り外し可能な装置です。ある研究では、この装置を使ったグループは、使わなかったグループに比べて、下の歯の叢生が2.14mm多く改善したと報告されています。
- 乳犬歯の抜歯 (Extraction of Baby Canines): 下の顎の乳犬歯を抜いた場合、抜かなかった場合に比べて、前歯のガタガタが平均で4.76mmも大きく改善したという研究結果がありました。


これらの結果が示唆しているのは、科学的根拠の確実性は低いながらも、特に乳歯と永久歯が混在する「混合歯列期」に行われる早期の介入が、将来の歯並びを管理する上で有効な選択肢となり得る、ということです。画一的な治療ではなく、お子さんの成長段階に合わせた専門的な診断とタイミングがいかに重要であるかが分かります。
ほとんどの矯正治療の科学的根拠は、あなたが思うほど強くはない
そして、この大規模な科学的レビューが私たちに突きつけた、最も重要で本質的な結論はこれです。
今回調査されたほとんどの矯正治療法について、その科学的根拠の確実性は「非常に低い(very low certainty)」と評価されたのです。
これは一体どういうことでしょうか。レビューの執筆者たちは、一般の方向けの要約で、この状況を率直にこう表現しています。
証拠は不確かです。私たちは調査結果について確信が持てず、将来の研究によってそれが変わる可能性があります。

「確実性が非常に低い」とは、現在ある研究結果が示している効果と、本当の効果との間には、大きな隔たりがある可能性が高い、という意味です。これは、いわば「非常に画質の粗い写真」を見ているようなものです。全体の形はぼんやりと分かりますが、細部まではっきりと見えず、将来もっと解像度の高い写真が出てきたとき、全く違うものに見える可能性がある、ということです。
これは決して「矯正治療は効かない」という意味ではありません。しかし、この分野がいかに複雑で、今なお発展途上にあるかを示しています。そして、最新の装置や流行りの治療法だけに目を奪われるのではなく、科学的な知見を冷静に受け止めつつ、同時に目の前の患者さんの状態を的確に診断し、治療を進める矯正歯科医の臨床経験がいかに重要であるかを浮き彫りにしています。
結論として:保護者の皆さまへ
子どもの歯列矯正は、一人ひとりの成長や骨格、歯の大きさによって全く異なる、オーダーメイドの治療です。今回のレビューは、私たち専門家にとっても、そして保護者の皆さまにとっても、「常識」を問い直し、何が本当に大切かを見つめ直す良い機会を与えてくれました。
大切なのは、情報をうのみにせず、信頼できる歯科医とオープンに話し合うことです。治療のメリットだけでなく、科学的に分かっていること、そしてまだ分かっていないことについて、正直な対話を重ねることが、お子さんにとって最善の道を見つける鍵となります。
最後に、一つだけ質問をさせてください。
「この情報を踏まえて、あなたがお子さんの治療法を選択する上で最も大切にしたいことは何ですか?」


【動画で知りたい方はこちら↓】(一部読み方がおかしい部分がありますが内容は正確です)
