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院長のとっておきの話 その102 犯人はいない:歯周病菌という考え方が変わるまで

歯周病には「歯周病菌」という原因菌がいて、その悪い菌が歯ぐきを壊す。そういうイメージは、広く行き渡っています。けれど、現在の歯周病の科学は、その「犯人がいる」というイメージから、ずいぶん遠いところまで来ています。犯人を一匹見つけて捕まえれば解決する、という話ではなくなっているのです。

この記事では、歯周病の原因の捉え方が、ここ数十年でどのように変わってきたのかを、順にたどります。これは、歯周病という一つの病気の話であると同時に、病気の原因をどう考えるか、という、もっと大きな話でもあります。そして最後に、その新しい考え方が、毎日の歯のケアにとって何を意味するのかを、お話しします。

少し長い記事になりますが、お付き合いいただければと思います。

口の中の生態系が、傾く ── マイクロバイアルシフト

まず、今回の話の中心にある現象を、先に見ておきます。マイクロバイアルシフト、細菌叢の移り変わり、と呼ばれるものです。

私たちの口の中には、数百種類もの細菌が住んでいます。これは、不潔だということではありません。健康な人の口の中にも、当たり前に、膨大な数の細菌がいます。皮膚にも、腸にも、細菌は住んでいて、私たちは細菌と共に生きています。口の中も同じです。

健康な歯ぐきのまわりでは、この細菌の集まりは、ある種の安定した状態にあります。酸素を嫌わない菌や、特に悪さをしない常在菌が主体で、菌どうし、そして菌と私たちの体とのあいだに、ひとつの釣り合いが成り立っている。この釣り合った状態を、微生物のホメオスタシス、細菌叢の恒常性と呼びます。多少のことでは崩れない、動的なバランスです。

ところが、このバランスは、崩れることがあります。

歯と歯ぐきの境目にプラーク、細菌のかたまりが溜まっていくと、そこで炎症が始まります。炎症が始まると、その場所の環境が変わります。歯ぐきの溝は、酸素が乏しくなる。そして、炎症を起こした歯ぐきからは、滲出液という液体がしみ出してきます。この液体には、タンパク質や、鉄分を含んだ成分が含まれています。

すると、何が起きるか。この新しい環境、酸素が少なく、タンパク質や鉄分が豊富な環境は、ある種の菌にとって、とても住みやすい環境です。酸素を嫌う嫌気性の菌や、グラム陰性菌と呼ばれる菌たちが、勢いを増していく。もともと主役だった、おとなしい菌たちは、押しやられていく。

こうして、口の中の細菌の集まりは、その顔ぶれごと、健康なときの構成から、病気を起こす方向の構成へと、移り変わっていきます。これが、マイクロバイアルシフトです。

ここで、強調しておきたいことがあります。これは、悪い菌が一匹、外からやってきて感染を起こす、という話ではありません。もともと口の中にいた細菌たちの、集まり全体のバランスが、環境の変化につれて傾いていく、という話です。主役の交代であり、生態系の傾きです。一匹の犯人の話ではなく、生態系全体の話。

この生態系の傾き、という見方に、医学はすぐにたどり着いたわけではありません。ここに至るまでに、歯周病の原因の捉え方は、二度、大きく変わりました。次から、その変遷を、順にたどっていきます。

第一段階 ── 犯人を名指しする、特異的プラーク仮説

歯周病の原因について、最初に広く受け入れられた考え方は、とても分かりやすいものでした。特異的プラーク仮説と呼ばれます。

その考え方は、こうです。口の中にいる数百種類の菌のうち、特定の何種類かが、歯周病を起こす悪玉菌である。歯周病とは、その悪玉菌による感染症である。だから、その悪玉菌をやっつければ、歯周病は治る。

この見方には、名指しされた犯人グループがいました。歯周病の研究では、特に病原性が高いとされた数種類の菌が、まとめてレッドコンプレックス、赤い複合体と呼ばれてきました。その中でも代表格が、ポルフィロモナス・ジンジバリス、略してP. ジンジバリスという菌です。この記事の後半でも、主役の一人として登場します。

特異的プラーク仮説は、強い説得力を持っていました。理由は二つあります。

ひとつ。分かりやすい。病気には原因の菌がいて、それを叩けばいい。結核には結核菌、という、感染症の古典的な考え方と、きれいに重なります。犯人がいて、犯人を捕まえれば事件は解決する。直感に合います。

ふたつ。治療の指針になる。悪玉菌が原因なら、やるべきことは明確です。その菌を減らす。歯周病の治療が、徹底的に菌を除去する方向で組み立てられてきたのには、この考え方の影響があります。

ところが、この分かりやすい仮説には、だんだんと、説明できないことが溜まっていきました。

ひとつめの不都合。悪玉菌は、健康な人の口の中にも、いる。レッドコンプレックスの菌、P. ジンジバリスのような菌は、歯周病の人だけが持っている特別な菌ではありませんでした。健康で、歯ぐきに何の問題もない人の口の中からも、少ないながら、これらの菌は見つかります。犯人とされた菌が、罪を犯していない現場にも、ふつうにいる。

ふたつめの不都合。悪玉菌がいても、発症しない人がいる。逆に、菌の数が少なくても、歯周病が進む人もいる。犯人の数と、事件の起こり方が、きれいには対応しない。

みっつめの不都合。歯周病の病巣から見つかる菌の顔ぶれは、たしかに健康な部位とは違う。けれど、その違う顔ぶれは、たった一種類の菌で説明できるような、単純なものではありませんでした。多くの種類の菌が関わる、複雑な集まりだった。

犯人がいる。犯人を叩けば治る。その明快な物語は、現場の事実と、少しずつ、食い違っていったのです。とくに、悪玉菌は健康な口にもいる、という事実は、重いものでした。もし悪玉菌がいるだけで病気になるのなら、その菌を持っている健康な人を、説明できません。

何かが足りない。菌がいる、ということと、病気になる、ということのあいだに、もう一つ、別の要素があるのではないか。そういう問いが立ち上がってきました。その問いに答えようとしたのが、次の段階の考え方です。

第二段階 ── 犯人より、環境を見る、生態学的プラーク仮説

一九九〇年代に、歯周病やむし歯の原因の捉え方を、大きくつくり変える考え方が整理されました。生態学的プラーク仮説です。イギリスの研究者、Marshが中心になってまとめました。

この仮説は、視線を、菌そのものから、菌が置かれた環境へと、移します。

考え方の出発点は、さきほど見た、あの微生物のホメオスタシスです。健康な口の中では、細菌の集まりは、安定した釣り合いの状態にある。多少の刺激では崩れない。では、その安定が崩れて、病気を起こす方向にシフトするのは、なぜか。

Marshの答えは、こうです。細菌叢のシフトを引き起こすのは、特定の悪玉菌の侵入ではない。環境の変化である。

例で考えると、分かりやすい。むし歯の場合。砂糖を頻繁に摂ると、口の中の菌がそれを分解して、酸を作ります。すると、口の中が、繰り返し、酸性の状態にさらされる。この酸性、という環境の変化が、酸に弱い菌を弱らせ、酸に強い菌、むし歯に関わるミュータンス菌のような菌を選んで増やしていく。砂糖という環境要因が、菌の顔ぶれをシフトさせるのです。

歯周病の場合も、構図は同じです。プラークが歯ぐきの境目に溜まると、炎症が起き、さきほど見たように、酸素が乏しく、滲出液が豊富な環境が生まれる。その環境が、嫌気性菌を選んで増やしていく。喫煙も、環境要因の一つです。

ここで、生態学的プラーク仮説の、二つの鍵となる特徴を、はっきりさせておきます。これが、第一段階の考え方からの、決定的な転換点です。

ひとつ。病原性の菌が増えることは、環境の変化と、直接つながっている。菌が勝手に暴れ出すのではなく、環境が変わったから、その環境に合った菌が選ばれて増える。原因の中心にあるのは、菌ではなく、環境の変化のほうです。

ふたつ。病気は、特定の原因菌を、必要としない。これは、特異的プラーク仮説と正面からぶつかる主張です。生態学的プラーク仮説では、病気を起こすのに、決まった犯人は要りません。その環境に適応できて、病気に関わる性質を持った菌であれば、どの種類でも、病気の過程に寄与しうる。犯人は固定されていない。

この見方は、第一段階の不都合を、うまく説明します。悪玉菌が健康な人の口にもいるのは、なぜか。健康なときの環境では、その菌は弱い立場で、菌どうしの競争に押されて、ごく少数にとどまっているからです。問題は、菌がいるかどうかではなく、その菌が増える環境になっているかどうか。犯人がいても、犯行に及ぶ環境がなければ、事件は起きない。

そして、この考え方は、治療の見方も変えます。Marshは、こう論じています。病気は、犯人とされる菌を直接叩くだけでなく、ホメオスタシスの破綻を引き起こしている環境要因に介入することでも、防いだり治したりできる。むし歯なら、酸性に傾く要因を抑える。歯周病なら、嫌気性菌が好む環境そのものを変える。犯人捜しから、犯人を生む環境への、視点の移動です。

これは、大きな前進でした。けれど、物語には、もう一段、続きがあります。生態学的プラーク仮説は、環境が菌の顔ぶれを変える、と言いました。では、その環境を変えるきっかけを作っているのは、何なのか。ここに、もう一人、思いがけない役者が登場します。

第三段階 ── 少数の菌が、生態系を動かす、キーストーン病原体

生態学的プラーク仮説は、環境の変化が、細菌叢をシフトさせる、と教えました。では、その環境の変化は、どこから始まるのか。二〇一〇年代に、Hajishengallisらの研究が、この問いに、一つの驚くべき答えを出しました。

その答えを理解するために、まず、歯科とは別の分野の話から始めます。生態学の話です。

一九六〇年代、動物学者のRobert Paineが、海岸の生き物の群集を研究していました。岩場に、ヒトデや貝や藻類が暮らしている。Paineは、ある実験をしました。その群集から、ヒトデを一種類、取り除いてみたのです。

すると、群集全体が、崩れました。ヒトデがいなくなると、それまでヒトデに食べられて数を抑えられていた貝が、爆発的に増え、岩場を覆い尽くし、ほかの多くの生き物が住む場所を失った。たった一種類のヒトデが、群集全体のバランスを支えていたのです。

Paineは、この、数は多くないのに群集全体の構造を左右する種を、キーストーン種と名づけました。キーストーンとは、石造りのアーチの、いちばん上にはまっている要石のことです。その石は小さいけれど、それを抜くと、アーチ全体が崩れる。

二〇一〇年代のHajishengallisらの研究は、この生態学の概念を、口の中の細菌に当てはめました。

彼らが注目したのが、さきほど名前を出した、P. ジンジバリスです。この菌には、不思議な性質がありました。歯周病に深く関わっているのに、歯周病の病巣でも、その数は、ごくわずかしかいない。存在量が、とても少ない菌なのです。犯人のはずなのに、現場にほとんどいない。特異的プラーク仮説では、これは説明しにくい事実でした。

Hajishengallisらは、マウスを使った実験で、この少数の菌が何をしているのかを調べました。二〇一一年に報告された、その結果は、こうです。

ごく少量のP. ジンジバリスを、マウスの口の中に定着させる。その数自体は、わずかなままです。それでも、このわずかな菌が定着すると、口の中の常在菌の集まりの、量と組成が、変化しました。P. ジンジバリス自身が増えるのではなく、まわりの常在菌の顔ぶれが、組み変わったのです。そして、歯を支える骨の吸収、つまり歯周病の進行が、加速しました。

P. ジンジバリスは、自分は少数のまま、宿主の免疫のはたらきを撹乱することで、まわりの細菌の集まり全体を、病気を起こす方向へと組み替えていた。まさに、生態系のキーストーン、要石のように振る舞っていたのです。Hajishengallisらは、こうした菌を、キーストーン病原体と呼びました。

これで、歯周病の原因の捉え方は、第三段階に入りました。第一段階は、特定の悪玉菌が病気を起こす。第二段階は、環境の変化が菌の顔ぶれをシフトさせる。そして第三段階は、少数のキーストーン病原体が、生態系全体を病気の方向に組み替える。

ここまで来ると、P. ジンジバリスこそが、やはり真の黒幕だったのか、と思えるかもしれません。少数精鋭の、生態系を操る首謀者。けれど、話は、そう単純には終わりませんでした。同じHajishengallisらの二〇一一年の研究には、もう一つ、決定的な発見が含まれていたのです。

犯人はいない ── 指揮者はいても、単独犯はいない

Hajishengallisらの二〇一一年の研究には、もう一つ、見落としてはならない発見がありました。これが、この記事のタイトル「犯人はいない」の、核心です。

その発見は、こうです。P. ジンジバリスを、無菌のマウス、口の中に、ほかの細菌がまったくいないマウスに定着させても、歯周病は、起きませんでした。

これは、とても重要な結果です。もしP. ジンジバリスが、単独の犯人、真の黒幕なら、ほかの菌がいなくても、その菌だけで病気を起こせるはずです。けれど、起こせなかった。P. ジンジバリスは、まわりに常在菌の集まりがあって、はじめて、歯周病を引き起こすことができた。

つまり、P. ジンジバリスは、実行犯ではないのです。

この菌がやっているのは、自分の手で組織を破壊することではありません。宿主の免疫を撹乱し、まわりの常在菌の集まりのバランスを、病気の方向へと傾けること。傾いた生態系のなかで、実際に炎症を引き起こし、組織を壊していくのは、もともと無害だった常在菌も含めた、菌の集まり全体です。

P. ジンジバリスは、指揮者です。オーケストラの指揮者が、自分では音を一つも出さないのと同じように。指揮者がいなければ演奏は始まらない。けれど、指揮者は、単独では何の音楽も作れない。音を出すのは、オーケストラ全体です。

だから、犯人はいない、と言えます。正確に言えば、単独犯はいない。P. ジンジバリスという指揮者はいる。けれど、その指揮者を捕まえれば事件が解決する、という意味での犯人は、存在しない。歯周病は、特定の一菌種の感染症ではなく、生態系全体のバランスが崩れた状態、ディスバイオシスと呼ばれる状態そのものなのです。

この、生態系の崩れとしての歯周病を説明する考え方は、多菌種シナジーとディスバイオシス、英語の頭文字をとってPSDモデルと呼ばれています。多くの菌種が、協調し合いながら、生態系を病的な状態に保つ。

そして、このモデルには、歯周病がなぜ終わらないのかを説明する、重要な部分があります。炎症とディスバイオシスの、悪循環です。

順を追います。生態系が病的な方向に傾くと、炎症が起きます。炎症は、歯ぐきの組織を壊します。組織が壊れると、その分解産物、コラーゲンが分解されてできるペプチドや、血液由来の鉄分を含む成分が生まれます。そして、これらの分解産物は、炎症で増えた滲出液に乗って、歯周ポケットの中に運ばれていく。

ここで、思い出してください。さきほど見たように、酸素が乏しく、タンパク質や鉄分が豊富な環境は、病気を起こす側の菌にとって、住みやすい環境でした。つまり、炎症が組織を壊して生み出した分解産物は、そのまま、ディスバイオシスの菌たちの、栄養になるのです。

炎症が、菌を養う。養われた菌が、さらに炎症を強める。強まった炎症が、さらに組織を壊し、さらに菌を養う。これは、自分で自分を回し続ける、悪循環です。歯周病が、いったん始まると、なかなか自然には終わらず、慢性の経過をたどる。その正体は、この、炎症とディスバイオシスが互いを養い合うサイクルにあります。

犯人捜しをやめると、何が見えてくるか

歯周病の原因の捉え方は、三段階を経てきました。特定の悪玉菌から、環境の変化へ、そして、生態系全体の崩れへ。この変遷は、私たちの日々の歯のケアにとって、どんな意味を持つのでしょうか。

いちばん大きく変わるのは、何を標的にするか、です。

もし歯周病が、特定の悪玉菌の感染症なら、やるべきことは、その菌を一掃することです。犯人を捕まえる。けれど、これまで見てきたように、歯周病は、そういう病気ではありませんでした。単独の犯人はいない。あるのは、生態系全体の傾きです。

だとすれば、標的にすべきは、一匹の菌ではなく、菌が病的な方向に傾いてしまう、その環境のほうです。

ここで、毎日の歯みがきや、歯科医院でのクリーニングが、どういう行為なのかを、捉え直すことができます。

歯みがきやクリーニングを、口の中の菌を一掃する行為、悪玉菌を皆殺しにする行為だと考えると、少し無理が出ます。口の中の数百種類の菌を、ゼロにすることはできませんし、その必要もありません。健康な口の中にも、菌は当たり前に住んでいるのですから。

そうではなく、こう捉えると、すっきりします。歯みがきやクリーニングは、プラークが溜まりすぎて、生態系が病的な方向に傾き始める、その引き金を、こまめに取り除く行為です。プラークが厚く溜まれば、その奥は酸素が乏しくなり、炎症が起き、滲出液が増え、生態系のシフトが始まる。歯みがきは、その溜まりすぎをリセットして、細菌叢が、健康な側の釣り合いに留まれる環境を、保ち続ける行為なのです。菌を絶滅させるのではなく、生態系が傾かないように、環境を整える。

この考え方は、日常のケアの組み立て方にも、はっきりした方向を与えてくれます。

要になるのは、プラークそのものを、溜まりすぎる前に、物理的に取り除くことです。歯ブラシによる歯みがき、そして歯と歯のあいだを清掃する歯間ブラシやデンタルフロス。こうした機械的な清掃が、プラークコントロールの主役です。バイオフィルムと呼ばれる、成熟して厚くなった細菌のかたまりは、強くこびりついていて、うがいや薬剤だけで洗い流せるものではありません。だからこそ、物理的にかき出す機械的清掃が、土台になります。

そのうえで、洗口液のようなものは、この機械的清掃を補う、補助的な役割として位置づけられます。あくまで、歯みがきや歯間清掃という主役があって、それを補うもの。洗口液だけで歯周病のケアが完結するわけではありません。主役は機械的清掃、洗口液はその助け。この順番を取り違えないことが大切です。当院でも、患者さんお一人おひとりのお口の状態を見たうえで、機械的清掃を土台に、補助的な手段をどう組み合わせるかを、ご相談しながら決めています。

そして、この見方は、歯周病の治療が、なぜ口の中だけの話で終わらないのか、も説明します。

生態系を病的な方向に傾ける環境要因は、プラークだけではありません。喫煙は、その代表です。そして、糖尿病。血糖のコントロールがうまくいかない状態は、歯ぐきの環境を、炎症が起きやすく、治りにくい方向に変えます。だから、現代の歯周病のケアでは、禁煙の支援や、糖尿病の管理が、歯のケアと地続きのものとして扱われます。犯人捜しの発想なら、これは出てきません。生態系と環境、という発想だからこそ、口の中の外側にある要因まで、視野に入ってくるのです。

ここまで来て、最初にお話ししたマイクロバイアルシフトに、戻ってみます。口の中の生態系が、健康な構成から病気の構成へと傾いていく現象。私たちにできるのは、特定の菌を憎んで叩くことではなく、その生態系が、健康な側に留まっていられるように、環境を手入れし続けることです。日々の歯みがき、定期的なクリーニング、禁煙、全身の健康管理。どれも、派手ではありません。けれど、これらはすべて、口の中の生態系という、目に見えない庭を、手入れし続ける営みなのです。

犯人を捜して捕まえる物語は、劇的で、分かりやすい。けれど、歯周病の科学が三段階かけてたどり着いたのは、もっと地味で、もっと正確な物語でした。庭の手入れには、終わりがありません。その代わり、続けているかぎり、庭は、荒れずにいてくれます。

おわりに ── 考え方が、変わるということ

最後に、書き残しておきたいことがあります。それは、考え方が変わる、ということ自体についてです。

この記事で見てきたのは、歯周病の原因をめぐる、三つの考え方でした。特異的プラーク仮説。生態学的プラーク仮説。キーストーン病原体仮説とPSDモデル。

ここで、誤解してほしくないことがあります。最初の考え方、特定の悪玉菌が犯人だ、という特異的プラーク仮説は、間違いだったから捨てられた、のではありません。

その仮説は、その時代に見えていた事実を、誠実に説明しようとしたものでした。歯周病の病巣には、特定の菌が多くいる。それは本当の観察です。その観察から、犯人がいるはずだ、と考えたのは、自然な推論でした。

ただ、その後、見えるものが増えました。悪玉菌は健康な人の口にもいる。病巣の菌の集まりは複雑だ。少数の菌が生態系全体を動かす。無菌マウスでは病気が起きない。新しい観察が一つ増えるたびに、古い考え方では説明しきれない部分が出てきて、考え方のほうが、より複雑で、より正確な形へと、つくり直されてきました。

これは、歯周病に限った話ではありません。腸の細菌の研究でも、ほかの多くの病気でも、犯人を一つ名指しする考え方から、生態系の崩れとして捉える考え方へ、という、よく似た変遷が起きています。

「犯人はいない」というこの記事のタイトルは、少し寂しく聞こえたかもしれません。分かりやすい敵がいない、というのは、物語としては物足りない。けれど、敵を一人に決めつけないこと、複雑なものを複雑なまま正確に見ようとすること。それは、後退ではなく、前進です。

歯科医療も、同じだと考えています。新しい証拠が出れば、考え方を更新する。古い考え方に固執しない。それが、患者さんに、その時々でいちばん確からしいケアをお届けする方法だと思っています。

長い記事になりましたが、お付き合いいただき、ありがとうございました。お口のことで気になることがあれば、いつでも当院でご相談ください。

参考文献

Marsh PD. Microbial ecology of dental plaque and its significance in health and disease. Adv Dent Res. 1994;8(2):263-271. doi:10.1177/08959374940080022001. PMID: 7865085

Marsh PD. Are dental diseases examples of ecological catastrophes? Microbiology (Reading). 2003;149(Pt 2):279-294. doi:10.1099/mic.0.26082-0. PMID: 12624191

Hajishengallis G, Liang S, Payne MA, et al. Low-abundance biofilm species orchestrates inflammatory periodontal disease through the commensal microbiota and complement. Cell Host Microbe. 2011;10(5):497-506. doi:10.1016/j.chom.2011.10.006. PMID: 22036469

Hajishengallis G, Darveau RP, Curtis MA. The keystone-pathogen hypothesis. Nat Rev Microbiol. 2012;10(10):717-725. doi:10.1038/nrmicro2873. PMID: 22941505

こちら↓は医師・歯科医師・歯科衛生士向けの解説動画です(一部読み方がおかしい部分がありますが、内容は正確です)。

院長紹介

院長

Tatsuya Aoyama

皆さま、こんにちは。私たちの歯科医院では、患者さま一人ひとりに寄り添い、最適な治療を提供することを目指しています。
精密な技術と設備を活用し、痛みの少ない治療を心掛けています。また、審美治療やインプラント、メインテナンス、訪問診療、抗加齢医学的栄養療法など、幅広いニーズに対応できる専門的なケアを提供しております。皆さまの笑顔を守り、健康的で美しい歯を維持するお手伝いをさせていただきます。お気軽にご相談ください。

略歴

H6年3月
宮崎県立延岡高校卒業
H12年4月
国立徳島大学 歯学部歯学科卒業
H12年5月
歯科医師免許証取得
H12-15年
インプラントセンター、予防歯科医院など3件で勤務
H15年7月
瑞の木会 ローズタウン歯科入社
H22年2月
ローズタウン歯科クリニック 継承
H31年4月
医療法人 地天泰 理事長 就任

所属

  • 日本歯周病学会(歯周病)
  • 日本口腔インプラント学会(インプラント)
  • 日本顕微鏡歯科学会(マイクロスコープ)
  • International Team for Implantology(ITI) member(インプラント)
  • 日本抗加齢医学会(アンチエイジング)
  • 日本分子状水素医学生物学会(アンチエイジング)
  • 日本アライナー矯正歯科研究会(マウスピース矯正)
  • Er-YAGレーザー臨床研究会(レーザー)
  • 日本口腔検査学会
  • 浦安市歯科医師会
  • 千葉県歯科医師会
  • 日本歯科医師会
  • 学校歯科医会

資格

歯科医師、日本抗加齢医学会専門医、ITIセクションジャパンインプラントスペシャリスト認定医