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嚥下機能を守り、フレイルを予防しよう

いつまでも自分の口で、美味しく食べて、元気に過ごすために

高齢になると、「飲み込みがうまくいかない」「食事中によくむせる」といった症状が出てくる場合があります。こうした嚥下機能の低下は、誤嚥性肺炎のリスクを高めるだけでなく、全身の健康状態にも大きく影響し、「フレイル(虚弱)」と呼ばれる状態を進行させることがわかってきました(1)。本記事では、嚥下機能低下とフレイルの関係、予防法やリハビリ体操、栄養面での工夫、さらに近年注目されているオーラルフレイルの概念について、分かりやすく解説します。

1. 嚥下機能低下とフレイルの関係

1-1. フレイルとは何か

フレイルは「健康な状態」と「要介護状態」の中間に位置する状態であり、加齢に伴って筋力や活動量が低下し、心身ともに弱っている段階を指します。放置すると生活機能がさらに低下して要介護へと移行しやすくなる一方、早期に気づき対策をすれば元の健康な状態に近づける可能性がある可逆的な状態でもあります(2)。

1-2. なぜ嚥下機能が重要か

「食べ物を飲み込む」には、舌や顎、喉の奥などの多くの筋肉と神経が協調して働く必要があります。年齢を重ねるとこれらの筋肉が弱まり、むせ食欲低下が起こりやすくなり、十分な栄養が摂れなくなる恐れがあります。栄養状態が悪化すると、筋力が一段と落ちて低栄養状態体力の低下を招き、結果としてフレイルに陥りやすくなるのです(1)。

また、食事中に気管へ食べ物が入り込みやすくなると誤嚥性肺炎のリスクが高まり、入院や要介護につながるケースも少なくありません。つまり、嚥下機能の低下はフレイルのみならず、生命の危機とも関わる重大な問題なのです(1,3)。

2. 嚥下機能低下の予防法:生活習慣の工夫

2-1. 適度な運動習慣

全身の運動は、嚥下を司る筋肉(首や舌、顎周りだけでなく体幹部なども含む)を維持するうえで重要です。ウォーキングや軽度の筋トレ、体操など、自分に合った運動を毎日少しずつ継続することが、食欲増進や身体機能の保持につながります(3)。

2-2. 口腔ケアの徹底

むし歯や歯周病、入れ歯の不具合を放置していると咀嚼がうまくいかず、結果的に飲み込みにも影響を及ぼします。歯科医院での定期検診・クリーニングや、毎日の歯磨き・舌清掃などを徹底し、お口の健康を保ちましょう(4)。

2-3. 水分補給と社会参加

加齢で渇きの感覚が鈍くなると、脱水に陥りやすくなります。喉や口腔内が乾燥すると飲み込みにくさも増すので、意識的に水分を摂取することが大切です。また、人と会話する機会が少なくなると舌や口唇の筋力が衰えやすいとの報告もあります。適度に外出やコミュニケーションの機会を持つことも、口腔機能の維持に役立ちます(3)。

3. 「おでこ嚥下体操」などのリハビリ法

3-1. 頭部挙上訓練の応用

嚥下機能の向上を目的とした「頭部挙上訓練(シャキアエクササイズ)」は、仰向けに寝て頭を持ち上げ、首の前側を鍛える運動として知られています。近年はこれを応用した「おでこ嚥下体操」が提唱されており、椅子に座ったままでも実践しやすいのが特徴です(4,5)。

おでこ嚥下体操のやり方

  1. 背もたれのある椅子に腰掛け、背筋を伸ばす。
  2. 額(おでこ)に手のひらを当てる。
  3. 軽く顎を引きながら頭を前に倒そうとし、同時に手で抵抗をかける(首の前面が適度に緊張するイメージ)。
  4. 5秒ほどキープして力を抜く。慣れてきたら回数を増やす。

首や肩に痛みがある場合、無理をせず専門家に相談してから行いましょう。研究では、このような嚥下筋トレーニングを続けることで、舌骨上筋群が強化され、誤嚥予防に効果があると報告されています(5,6)。

3-2. 舌や唇の筋力トレーニング

  • パタカラ体操: 「パ・タ・カ・ラ」と大きく口を動かして連続で発音する。口唇・舌・頬の筋力強化につながり、滑舌改善やむせ防止に役立つといわれています。
  • 舌押し出し運動: 舌を前に突き出す、上あごに強く押し付ける、左右の口角方向に動かすなどをゆっくり繰り返し行う。

いずれも簡単な動作ですが、毎日続けることで着実に口腔周囲の筋力を維持できます。

4. 栄養面での対策

4-1. タンパク質・ビタミンを意識

嚥下に使う筋肉を維持するために、十分なタンパク質摂取は欠かせません。肉・魚・大豆製品・卵・乳製品などを積極的に取り入れましょう。高齢者ほど筋肉が落ちやすいため、若い頃の食事量を意識して少し増やすくらいでも良いとされています(6)。また、ビタミンA、B群、C、Dなども粘膜や筋肉、骨の健康に重要なので、野菜や果物、キノコなどからバランス良く摂取しましょう。

4-2. 食事形態の工夫

  • 柔らかく調理: 野菜や肉は煮込んでやわらかく。硬いものが食べづらい場合は刻んだり、とろみをつけたりする。
  • 水分補給も兼ねる: 汁物、スープ、ゼリー状の食品を取り入れ、常に口や喉が潤うようにする。
  • 噛める範囲で歯ごたえも大事: 柔らかい食事ばかりだと咀嚼力が低下しやすいので、可能な範囲で多少歯ごたえのある食材を組み合わせる。

誤嚥の不安がある場合は、歯科や医療機関で嚥下調整食の指導を受けることも検討してください(6)。

5. オーラルフレイルとは

5-1. お口の機能低下が全身へ波及

オーラルフレイルとは、歯や舌、唇などの口腔機能が低下することで、噛む力や飲み込む力が弱まり、やがて全身のフレイルにつながる可能性が高い状態を指す概念です(7)。

具体的には、

  • 歯が欠損したまま放置
  • 硬いものが噛みづらくなった
  • むせやすくなった
  • 舌や口の乾燥感が強い
  • 発音がはっきりしなくなった

などの変化を「年のせいだから仕方ない」と見過ごしていると、気づかないうちに食事の量や内容が偏り、低栄養や嚥下障害へと発展するリスクが高まります(7,8)。

5-2. オーラルフレイルの予防策

  • 定期歯科検診: 歯の本数、歯周病の有無、入れ歯の調子などを定期的にチェックしてもらう。
  • 口腔機能トレーニング: おでこ嚥下体操やパタカラ体操などを取り入れ、舌や顎まわりを鍛える。
  • 社会参加と会話の機会確保: 人前で話したり笑ったりすることで、口周囲の筋肉や唾液の分泌が活発になる。
  • 栄養バランス改善: タンパク質とビタミンを中心に、体や口の粘膜を丈夫に保つ食事を心がける。

オーラルフレイルは、放っておくと全身のフレイルが進行して要介護リスクが上がるとされていますが、早めに気づいて対策すれば改善する可能性も高いことが特徴です(8)。

6. 歯科医院での定期ケアがカギ

最後に強調したいのは、歯科医院での定期検診が何よりも大切だということです。自分では気づきにくい口腔の微妙な変化を、歯科医師や歯科衛生士なら早期に発見し、適切なアドバイスや治療を行えます。

  • 「何となく噛みにくい」
  • 「少しむせることが増えた」
  • 「入れ歯が合わない気がする」

など、些細な違和感がある段階で受診し、早めに対策を始めるほど改善もしやすくなります(4,8)。食べる楽しみや会話の喜びは、生きる活力そのもの。ぜひこの記事をきっかけに、ご自身やご家族のお口の状態を見直してみてください。嚥下機能を守ることは、フレイル予防にも直結し、いつまでも元気に過ごすための第一歩となるはずです。

当院では、定期的な検診や口腔ケアだけでなく、嚥下にお悩みの患者さんへ向けたサポートもご用意しています。少しでも「飲み込みにくいかも」と感じたら、遠慮なくご相談ください。一緒に、いつまでも美味しく食べて笑顔で過ごせる未来をめざしましょう。

参考文献

  1. Yang RY, et al. Association between Dysphagia and Frailty in Older Adults: A Systematic Review and Meta-Analysis. Nutrients. 2022;14(9):1727.
  2. Zhao W, et al. Comprehensive assessment and treatment strategies for dysphagia in the elderly population: Current status and prospects. Biomed Sci Trends. 2024;18(2):116-126.
  3. Naito M, et al. Association of daily physical activity and leisure-time exercise with dysphagia risk in community-dwelling older adults: a cross-sectional study. BMC Geriatr. 2023;23(1):423.
  4. 京都リハビリテーション病院リハビリテーション部. 自宅でできる嚥下トレーニング方法について (2023年).
  5. Oh JC, et al. Effect of the Head Extension Swallowing Exercise on Suprahyoid Muscle Activity in Elderly Individuals. J Exerc Rehabil. 2019;15(2):212-217.
  6. Han H, et al. Newly developed care food enhances grip strength in older adults with dysphagia: a preliminary study. Nutr Res Pract. 2023;17(5):560-570.
  7. Wada Y, et al. Oral Frailty and Its Relationship with Physical Frailty in Older Adults: A Longitudinal Study Using the Oral Frailty Five-Item Checklist. Nutrients. 2025;17(1):216.
  8. 日本歯科医師会 オーラルフレイル検討委員会. オーラルフレイル対応マニュアル 2019年版.