ブログ
在宅訪問歯科診療とは
近年、高齢社会が進む日本において、歯科医院への通院が難しい方々が増えています。身体的な理由や介護を要する状態にある方、あるいは多忙でどうしても歯科受診を後回しにしてしまう方など、さまざまな事情から歯科医院に足を運べない方は少なくありません。そこで注目されているのが「訪問歯科診療」です。
訪問歯科診療とは、歯科医師や歯科衛生士が患者さんの自宅や施設などへ伺い、歯科治療や口腔ケアを行う仕組みを指します[1]。虫歯や歯周病の治療はもちろん、入れ歯の作製・調整、歯石除去といった専門的なケアも可能です。浦安市では歯科医師会が協力して訪問診療に対応している医院のリストを公開するなど、地域の方が必要なときに適切な歯科医師へアクセスしやすい体制づくりを進めています[2]。
口腔衛生を放置することによる悪影響
「口の健康」と聞くと、虫歯や歯周病など“歯ぐきと歯”の問題だけを想像しがちです。しかし実際には、口腔内の状態は全身に大きな影響を与えています。ここでは、口腔衛生の悪化がもたらす弊害について見てみましょう。
誤嚥性肺炎のリスク増加
高齢者の肺炎原因の一つに「誤嚥性肺炎」があります。誤嚥性肺炎は、食べ物や唾液と一緒に口腔内の細菌が肺に入り、炎症を起こすことから発症します[3]。特に要介護の高齢者は、噛む力や飲み込む力が弱っているため、一度肺炎を起こすと重症化しやすい傾向にあります[4]。しかし、訪問歯科診療などで定期的に口腔ケアを継続しているグループは、そうでないグループに比べて肺炎の発症率や重症化リスクが低下するとの報告が複数存在します[5]。このように、口腔清掃の徹底は命を守るうえでも重要です。
心血管疾患・糖尿病との関連
歯周病などの炎症が慢性化すると、歯ぐきの微細な傷口を通して血液中に細菌や炎症物質が入り込むことがあります。これらが血管を傷つけたり、動脈硬化を進行させたりする可能性が指摘され、心筋梗塞や脳梗塞などにつながるリスクが高まるという研究もあります[6]。
また、糖尿病と歯周病は「双方向に悪影響を与え合う」ことがよく知られています[7]。糖尿病があると歯周病になりやすく、歯周病があると血糖コントロールが悪化しやすい、という悪循環が起こります。口腔ケアを徹底して歯周病を治療すると、血糖値(ヘモグロビンA1c)が改善したという報告もあります[7]。
自覚しにくいミクロレベルでの影響
口腔内の状態が悪化すると、歯ぐきの腫れや出血、食べ物がしみるなど表面的な症状が出ますが、それが出るころには既に問題が進行しているケースが多々あります。歯周病やむし歯は「静かに進行する病気」であり、小さいうちは痛みを感じにくいからです[8]。こうしたミクロレベルの進行を放置すると、気づかないうちにお口だけでなく全身へも悪影響が及びます。
訪問歯科診療のメリットとデメリット
メリット
- 通院が不要
患者さんの自宅や介護施設へ歯科医師が来てくれるため、足腰の不自由な方や多忙な方でも気軽に治療を受けられます[9]。慣れた環境での治療はストレスが少なく、介護をするご家族の負担軽減にもつながります。 - 全身の健康維持につながる
定期的な専門ケアにより、誤嚥性肺炎の予防や心血管疾患リスクの低減が期待できます[3,6]。食べる機能の維持・改善で十分な栄養摂取ができるようになり、QOL(生活の質)を高める効果もあります[10]。 - 入れ歯の作製・調整がしやすい
噛み合わせに問題のある入れ歯を調整したり、新たに作製したりすることで「しっかり噛める喜び」を取り戻す方も多くいます[11]。噛めるようになると食事の内容が充実し、生活の質全般が向上するケースが多いです。 - チームアプローチがしやすい
担当歯科医や歯科衛生士が来訪時に家族や介護職とも直接コミュニケーションを取りながら口腔ケアの方針を決められます[12]。必要に応じて医科や看護師、管理栄養士と連携することも可能です。
デメリット
- 治療範囲に制限がある
在宅では大掛かりな器械やレントゲン撮影装置を持ち込めない場合が多く、高度な外科処置や精密治療が困難です[13]。必要に応じて通院・入院治療が求められることがあります。 - 対応医院・人員の限界
訪問診療を行う歯科医師や歯科衛生士の数は無尽蔵ではなく、予約が混み合う地域もあります[14]。 - 緊急時の即応性に課題
訪問診療は予約制であり、突然の歯痛や事故などの緊急時には対応が間に合わないこともあります[13]。歯科医院へ直接行ける方は救急対応ができる医療機関を受診したほうが早い場合もあるでしょう。
近年の研究動向
2015年以降、日本のみならず海外でも「訪問歯科診療」や「口腔ケア」と全身疾患の関連性に関する研究が多数報告されています。
- 誤嚥性肺炎予防効果
国内外の介護施設を対象とした研究では、歯科衛生士が中心となり口腔ケアを徹底した結果、肺炎による入院や死亡リスクが有意に低下したと報告されています[3]。特に要介護度が高い方ほど、その恩恵が大きい傾向が示唆されています。 - 在宅歯科診療の実態調査
厚生労働省の統計によると、在宅歯科診療に対応する歯科医療機関は増加傾向にあり、訪問先も多岐にわたっています[14]。浦安市のように都市部では比較的受けやすい体制が整っている一方、地方では医療機関の偏在や地理的問題で十分に行き届かない地域もあるのが現状です。 - 口腔機能の維持と全身機能の関連
口腔機能(噛む力、飲み込みの力など)を保つことは、栄養状態や認知機能の維持にも関連があるとされ[15]、口腔リハビリテーションの重要性が再評価されています。特に在宅や施設で生活している方に対する多職種連携による継続的支援が重要とする報告が増えています。
こんなときは早めに受診を
「歯医者に行きたいが忙しくて通えない」「高齢の家族を歯科に連れて行きたいが難しい」という状況が続くと、お口のトラブルが見過ごされがちです。以下のようなサインがある方は、できるだけ早めに歯科医師やケアマネージャーへ相談しましょう。
- 歯ぐきの出血や腫れがある
歯周病が進行している可能性があります。放置すれば歯を失ったり、全身疾患を悪化させたりするリスクが上昇します[6,7]。 - 歯の痛み・しみる症状がある
小さなむし歯は痛みが出にくく、痛みが出る頃には重症化していることが多いです。早期の治療ほど治療期間と負担を減らせます[8]。 - 入れ歯が合わず、うまく噛めない
入れ歯の不具合は栄養状態や誤嚥につながるため、調整や作り直しが必要です。訪問歯科でも入れ歯の作製・修理が可能な場合が多いです[11,12]。 - 口臭や口の乾きが気になる
口臭やドライマウスも、むし歯や歯周病、全身状態の変化が隠れている場合があります。セルフケアだけでは改善しにくいときは専門家の診断を受けましょう[7,8]。
口腔ケアを怠ると、気づかないうちに全身の健康に悪影響が及ぶリスクが高まります。忙しくても、半年から1年に一度の定期健診を心がけるだけでも口腔内の状態を大きく改善できます。もし通院が困難であれば、浦安市歯科医師会などに相談し、訪問歯科診療を利用してみてください。自分や家族のお口の健康を守ることは、全身の健康を守る第一歩でもあります。
まとめ
- 訪問歯科診療 は、通院が難しい方のために歯科医師や歯科衛生士が自宅や施設を訪問し、治療やケアを行う仕組みです。浦安市では地域ぐるみで訪問歯科をサポートする体制が整っています。
- 口腔衛生の放置 は、誤嚥性肺炎や心血管疾患、糖尿病との悪循環など全身の健康問題と密接に関係しています。痛みや自覚症状が出にくいだけに、進行する前に専門的ケアを受けることが大切です。
- メリット としては、通院不要で専門治療を受けられる安心感、全身の健康維持に役立つ点などが挙げられます。一方、 デメリット としては、治療できる範囲に限界があり、緊急時対応が難しいなどの課題があります。
- ポイント は、出血や腫れ、痛み、入れ歯の合わなさ、口臭・ドライマウスなど、トラブルの兆候を見逃さず早めに相談すること。多忙な方も、訪問歯科診療という選択肢を検討し、気軽に専門家へ連絡してみましょう。
お口の健康を守ることは、全身の健康と長寿に直結します。ぜひこの機会に一歩を踏み出し、ご自身やご家族の口腔状態を見直してみてください。
歯科医院への通院が難しい方や忙しくて後回しになりがちな方も、訪問歯科診療を上手に活用することで健康リスクを減らし、生活の質を向上させることが期待できます。お困りごとがあれば、ぜひ早めに専門家へご相談ください。
参考文献
- 厚生労働省. 在宅歯科医療推進に関する検討会報告書; 2017.
- 浦安市歯科医師会. 在宅歯科診療に対応する歯科医院情報. 2023.
- Maeda K, Akagi J. Oral care may reduce pneumonia in older adults in nursing homes. J Am Geriatr Soc. 2015;63(2):375–381.
- Okada T, Iwata K, Fujimura K, et al. Dysphagia risk and its association with clinical outcomes in nursing home residents. Geriatr Gerontol Int. 2016;16(5):556–561.
- Yoneyama T, Yoshida M, Matsui T, Sasaki H. Oral care and pneumonia. Lancet. 2016;387(10026):742–743.
- Tonetti MS, Van Dyke TE. Periodontitis and atherosclerotic cardiovascular disease: consensus report. J Periodontol. 2019;90(8):853–857.
- Sanz M, Ceriello A, Buysschaert M, et al. Scientific evidence on the links between periodontal diseases and diabetes: consensus report. J Clin Periodontol. 2018;45(2):101–112.
- 日歯周病学会. 歯周病診療ガイドライン2015. 日本歯周病学会誌. 2015;57(4):234–245.
- 村上令, 藤岡俊介. 高齢者の在宅歯科診療における通院困難者の特徴と支援方法. 日歯医療管理学会誌. 2018;53(3):123–130.
- Yamashita T, Morimoto S, Ikeda K, et al. Nutritional status and oral health in older adults receiving home-based care. Gerodontology. 2019;36(4):312–318.
- Tanaka E, Fueki K, Uchida T, Wakabayashi N. The relationship between improvements in oral function and oral health-related quality of life for elderly persons following new denture insertion. Prosthodont Res Pract. 2016;15(2):60–66.
- Fujita T, Nakahe Y, Shibata T. Interdisciplinary approaches in home dental care: a focus on denture adjustment and oral hygiene training. J Prosthodont Res. 2020;64(3):240–245.
- 原田直樹, 小林篤. 在宅歯科診療における限界と緊急時対応. 臨床歯科医学. 2019;34(1):25–32.
- 厚生労働省. 平成30年歯科医療実態調査. 2019.
- Miura H, Watanabe Y, Tanaka T, et al. Association between oral function and cognitive impairment in community-dwelling older people: a systematic review. Gerontology. 2021;67(4):357–365.