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院長のとっておきの話 その106 運動と慢性炎症:なぜ「運動すればするほど健康」とは限らないのか
運動が体にいいことは、誰でも知っています。体の慢性炎症 ── くすぶるような弱い炎症が続く状態 ── という観点から見ても、運動は、炎症を鎮める方向にはたらきます。
ただ、この記事でお伝えしたいのは、もう少し込み入った話です。運動と炎症の関係は、「やればやるほど下がる」という、まっすぐな直線ではありません。U字を描きます。運動が足りなくても、炎症は上がる。運動が過剰でも、炎症は上がる。その真ん中、ほどよい強度のところに、炎症がいちばん鎮まる谷がある。
「運動は体にいいから、たくさんやればやるほどいい」という素朴な理解は、ここで一度、立ち止まる必要があります。

ただ、先に、いちばん大切なことをお伝えしておきます。この記事は、運動を控えることを勧めるものでは、まったくありません。後で述べるように、運動の「やりすぎ」が問題になるのは、競技的に激しいトレーニングを積む方など、一部の方です。多くの方にとっての現実的な課題は、運動不足の側から、ほどよい運動へと、一歩を踏み出すことです。この記事は、その一歩を後押ししたうえで、長く運動を続けるために知っておくと役立つ「量の感覚」を、お伝えするものです。少し長くなりますが、お付き合いいただければと思います。
はじめに ── 慢性炎症と、NLRP3というスイッチ
話の中心になる言葉を、先に説明します。私たちの免疫細胞の中には、NLRP3インフラマソームと呼ばれる、炎症の引き金のような仕組みがあります。体に異常があると、これが組み上がって、炎症の信号を出す。本来は、体を守る大切な仕組みです。けれど、これが必要もないのに慢性的に作動し続けると、体のあちこちで、弱い炎症がくすぶり続ける。これが、慢性炎症のひとつの正体です。

慢性炎症は、糖尿病や、動脈硬化や、さまざまな加齢に伴う不調と、関わりがあると考えられています。運動は、この炎症の仕組みと、深く関わっています。順に見ていきます。
運動と炎症の、U字のカーブ
まず、この記事でいちばん大事な、一枚の地図から始めます。運動と炎症の関係は、U字のカーブを描きます。横軸が運動の量と強度、縦軸が炎症の仕組みのはたらきの強さ。カーブの両端が高く、真ん中が、いちばん低い。

左端、運動不足の側から見ます。体をほとんど動かさない状態が続くと、慢性炎症が静かに進みます。内臓脂肪が増え、脂肪組織は、それ自体が炎症の発信源になる。使われない筋肉では、細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアの質と量が落ち、炎症の引き金になる活性酸素が出やすくなる。運動不足は、それだけで、炎症の仕組みを高い位置に置き続けます。これがU字の左端です。
右端、過剰な運動の側を見ます。ここは見落とされがちですが、運動は、やりすぎると、逆に炎症を上げます。極端に強い運動や、回復が追いつかないほど高頻度のトレーニングは、一時的に大きな酸化ストレスを生みます。激しい運動で筋肉が損傷すると、壊れた細胞から、炎症の引き金になる物質が放出される。回復を挟まずに高強度の運動を積み重ねると、この刺激が慢性化し、オーバートレーニングと呼ばれる状態 ── 慢性的な疲労、感染しやすさ、調子の低下 ── に近づきます。これがU字の右端です。
そして真ん中、ほどよい強度の運動。ここが、カーブの谷です。適度な強度の運動を、回復を挟みながら続けると、ミトコンドリアの質と量が上がり、細胞を整える仕組みがはたらき、炎症を鎮めるプログラムが起動する。後で述べる、筋肉から出る物質も、炎症を鎮める方向にはたらく。この谷で、炎症の仕組みは、いちばん穏やかに保たれます。

この地図を、頭に置いてください。運動は炎症を鎮める。ただし、それは、ほどよい強度という谷にいるときの話です。足りなくても、過剰でも、カーブは上がる。「運動すればするほど健康」とは限らない、というのは、この意味です。
ひとつ、強くお伝えしておきます。U字の右端、過剰側を心配しすぎる必要は、多くの方にはありません。日常的な運動習慣で右端に届く方は、実は、それほど多くない。右端が問題になるのは、競技的に高強度のトレーニングを積む方や、回復を無視して運動量を増やし続ける方です。大半の方にとっての現実的な課題は、左端の運動不足から、真ん中の谷へ移動することです。ただ、谷があること、そして右端があることを知っておくのは、運動を長く続けるうえで、意味があります。

運動が炎症を鎮める ── ヒトの研究で確かめられたこと
ほどよい運動が炎症の仕組みを鎮める。これは、仕組みの話だけではなく、ヒトでの実験でも、確かめられています。ただ、ここは、丁寧に読む必要があります。
運動とNLRP3を、ヒトのランダム化比較試験で調べた研究を、二つ見ます。どちらも、肥満のある方を対象にしています。肥満は、慢性炎症が背景にある状態なので、運動の効果を見やすいからです。
ひとつめ。二〇二二年のArmanniaらの研究。運動習慣のない方を、高強度の運動を行う群、中等度の運動を続ける群、運動しない群に分け、八週間続けた。結果、高強度の群も中等度の群も、運動しない群と比べて、NLRP3そのものの遺伝子のはたらきが、有意に低下しました。

ふたつめ。二〇二六年に出たばかりの、Silveiraらの研究。運動習慣のない方を、高強度の運動を八週間行う群と、運動しない群に分け、NLRP3とその構成部品のはたらきを測定した。結果は、こうでした。NLRP3そのものは、統計的にははっきり変わらなかった。一方、実行役にあたる部品と、炎症性の物質IL-6のはたらきは、低下した。そして、組み立ての足場になる部品は、むしろ増えていた。
この二つを並べると、興味深いことが見えます。Armanniaらの研究では、NLRP3そのものが下がった。Silveiraらの研究では、NLRP3そのものは動かず、下流の部品が下がり、足場の部品はむしろ上がった。同じ「運動とNLRP3」を見たヒトの試験でも、どの部品がどちらに動くかは、一様ではないのです。

足場の部品が増えた、という結果を、どう受け取るか。これは、丁寧に書く必要があります。足場の部品が増えたと聞くと、炎症が悪化したように思えるかもしれません。けれど、Silveiraらの原著は、そう単純には解釈していません。その増加は、低い水準の範囲にとどまっていたこと、運動の初期にみられる一時的な適応反応かもしれないこと、その部品が炎症を促すだけでなく細胞を守る方向のはたらきとも関わること ── これらを理由に、増加を、単純な悪化のサインと見るべきではない、と原著は注意を促しています。
整理します。運動が、ヒトで、NLRP3に関わる指標を、炎症が鎮まる方向に動かす。これは、ランダム化比較試験のレベルで確認されています。ただし、運動が動かすのが「NLRP3のどの部分か」は、研究によって違う。「運動はNLRP3に関わる炎症を抑える。ただし、その効き方は、一枚岩ではない」── これが、現時点での、ヒトの研究の正確なところです。
同じ分子が、正反対のはたらきをする ── IL-6という例
さきほど、運動でIL-6という物質のはたらきが下がった、という話が出ました。このIL-6という分子について、お伝えしておきたい、面白いことがあります。
IL-6は、炎症性の物質として知られています。慢性炎症の文脈では、しばしば、好ましくない側で登場する。血液中のIL-6が高い状態は、慢性炎症の指標とされます。

ところが、運動の話になると、IL-6は、まったく逆の顔を見せます。運動をすると、収縮している筋肉そのものから、IL-6が放出されます。血液中のIL-6が、一時的に、かなり上がる。ここだけ聞くと、運動は炎症を起こしているように思えます。けれど、この筋肉から出るIL-6は、慢性炎症のときのIL-6とは、出どころも、はたらきも、違うのです。
慢性炎症のIL-6は、主に免疫細胞から、炎症の司令塔を経由して放出され、炎症を維持する方向にはたらく。一方、運動のときに筋肉から出るIL-6は、その司令塔を経由しない、別の経路で放出され、そのはたらきは、むしろ抗炎症的です。運動時の筋由来のIL-6は、炎症を鎮める物質の産生を促します。
同じIL-6という名前の分子なのに、慢性炎症の現場から出てくるときと、運動中の筋肉から出てくるときとで、はたらきが正反対になる。鍵は、出どころと、タイミングです。慢性炎症のIL-6は、だらだらと持続的に出続ける。運動のIL-6は、運動という限られた時間に、ぱっと出て、その後すぐ引いていく。持続的に高いのか、一過性に上がって戻るのか。この時間的なパターンの違いが、体にとっての意味を分けている、と考えられています。
ここから、ひとつ、大事な見方が出てきます。血液中のIL-6が高い、という検査結果だけを見て、炎症が強い、とは限らない。それが慢性的に高いのか、運動の後で一時的に上がっているのか。文脈を抜きに、数字だけを読むと、判断を誤る。健康に関わる多くの指標について、同じことが言えます。数字そのものより、その数字が、どういう状況で、どう動いているか。それを見る必要がある、ということです。
筋肉は、臓器である ── 脳に届く物質
運動が炎症を鎮める仕組みの中で、もうひとつ、ここ十年ほどで大きく見方が変わった話があります。筋肉という臓器の役割です。
かつて筋肉は、体を動かすための装置だと考えられていました。今は違います。筋肉は、運動するたびに、さまざまな生理活性物質を血液中に放出する、体内で最大級の内分泌器官だと理解されるようになりました。筋肉から放出されるこれらの物質を、まとめて、筋由来因子と呼びます。

このうち、脳と関わる物質を、二つ、見ます。
ひとつめ、BDNFと呼ばれる物質。脳の中で、記憶を司る部分の神経のはたらきを支え、アルツハイマー病の予防という文脈で、注目される分子です。運動をすると、血液中のBDNFが増えることは、ヒトで繰り返し確認されています。ただし、その血液中のBDNFが、関所を通り抜けて脳に入っていくのかどうかは、今も議論があります。むしろ、運動という刺激を受けて、脳そのものがBDNFの産生を増やす、という経路の寄与が大きいと考えられています。いずれにせよ、運動が脳のBDNFを増やす方向にはたらく、という大枠は、観察として確かです。
ふたつめ、イリシンと呼ばれる物質。これも、運動で筋肉から放出されます。イリシンは、アルツハイマー病で蓄積するアミロイドβの毒性を和らげる、と報告されています。ただし、この、毒性を和らげるという部分は、主に動物や細胞を使った研究で示された段階で、ヒトでどこまで成り立つかは、なお検証の途上にあります。
運動による筋肉からの物質や、運動の刺激そのものは、脳の炎症の仕組みを鎮める方向にはたらきうる。筋肉を動かすことが、脳の環境に届く。これが、筋由来因子という考え方の意味です。
ヒトでの裏づけにも、触れておきます。一年間の有酸素運動が、加齢で縮んでいく脳の記憶を司る部分の容積を、縮小から増加へと逆転させた、というランダム化比較試験があります。健康な高齢者を対象にした研究で、ウォーキング中心の有酸素運動が、脳の構造そのものを、良い方向に変えた。

ただし、正直に、線を引いておきます。「運動で筋肉から物質が出て、それが脳の炎症の仕組みを鎮めて、神経の病気を防ぐ」という鎖の全体が、ヒトでひとつながりに証明されているわけではありません。筋由来因子が脳の炎症の仕組みを抑えるという部分は、多くが、動物や細胞での研究です。ヒトで確認されているのは、運動が血液中のBDNFなどを増やすこと、運動が脳の記憶を司る部分の容積や記憶を改善すること、ここまでです。仕組みの鎖は有望ですが、その全長が、ヒトで埋まっているわけではありません。
運動を、暮らしに組み込む
ここまでの話を、日々の暮らしに落とします。
まず、U字の谷、ほどよい運動とは、どれくらいか。ひとつの目安は、世界的に共有されている推奨で、中等度の有酸素運動を、週に合計百五十分以上、というラインです。早歩き、ジョギング、サイクリングなどを、息がやや弾むが会話はできる程度の強度で。これを、週の何回かに分けて行う。これが、谷に入るための、現実的な出発点です。

運動の種類を、四つの軸で整理します。ひとつめ、有酸素運動。ウォーキング、ジョギング、サイクリング。脳の健康という観点で、土台になる運動です。ふたつめ、高強度の運動。短時間で強い刺激を入れる方法で、ミトコンドリアの質を高める効果が強い。ただし、強い刺激である分、回復が必要です。毎日やるものではなく、週に二、三回までを上限と考え、間に回復の日を挟む。みっつめ、筋力トレーニング。加齢に伴う筋肉の減少を防ぐうえで、欠かせません。筋肉は、炎症を鎮める物質の供給源でもあります。よっつめ、ダンスや太極拳のような、複雑な動きとバランスを伴う運動。脳を広く使い、自律神経を整える観点で、価値が報告されています。
理想は、有酸素運動を土台に、筋力トレーニングを組み合わせること。ただ、いきなり全部を目指す必要はありません。いちばん効果が大きいのは、まったく運動していない状態から、ほどよい運動を始める、その一歩です。U字の左端から谷へ向かう、最初の移動が、最も炎症を下げます。
次に、過剰のサイン ── U字の右端に入りつつあるときの、体の信号です。朝の安静時の心拍数が、いつもより高い日が続く。睡眠の質が落ちる。日中の疲労感が抜けない。風邪をひきやすくなる。トレーニングしているのに、かえって調子が落ちていく。気分の落ち込みや、運動への意欲の低下。これらが重なってきたら、それは、体が回復を求めているサインです。

このとき必要なのは、もっと頑張ることではなく、休むことです。運動の強度や頻度を一度落とし、睡眠と栄養で回復を確保する。回復も運動の一部だ、という感覚が、運動を、慢性炎症の味方であり続けさせる鍵になります。
最後に、慎重さが必要な方について。心臓や血管に持病のある方、関節に問題を抱えている方、長く運動から離れていて高齢の方、妊娠中の方。こうした場合は、運動の種類や強度について、始める前に、医療者に相談してください。運動は、体に強くはたらきかけるものです。だからこそ、ご自身の体の状態に合わせて、強度を選び、回復を組み込む必要があります。
おわりに ── 量という、感覚
最後に、この記事でお伝えしたかったことを、まとめます。
運動は、慢性炎症を抑える、ヒトでの裏づけのある方法です。ただし、その関係はU字を描き、不足も、過剰も、炎症を上げる。効くのは、ほどよい強度という谷にいるときです。

健康の情報は、「これは体にいい」「これは体に悪い」という、二択で語られがちです。運動は、その二択に、最も乗せられやすいテーマです。けれど、運動と炎症の関係はU字で、ほどほどのところに谷がある。この「ほどほどに谷がある」という形は、二択よりも、伝えにくい。読者の方に、「では自分は、どれくらいやればいいのか」と、自分で考える、ひと手間を求めるからです。
それでも、このU字の形を、そのままお伝えしたいと思いました。健康法を「善か悪か」で語ると、必ずどこかで、実態とずれます。量という軸を持つこと。それが、運動を、長く、慢性炎症の味方であり続けさせる、鍵になります。
繰り返しになりますが、多くの方にとっての一歩は、運動を控えることではなく、運動不足の側から、ほどよい運動へと踏み出すことです。そのうえで、長く続けるために、量という感覚を持っていただく。それが、この記事の願いです。
お口のことで気になることがあれば、いつでも当院でご相談ください。そして、運動を始めるとき、ご自身の体に持病などの心配があれば、その前に、医療者にご相談ください。
長い記事になりましたが、お付き合いいただき、ありがとうございました。

参考文献
Armannia F, Ghazalian F, Shadnoush M, Keyvani H, Gholami M. Effects of High-Intensity Interval Vs. Moderate-Intensity Continuous Training on Body Composition and Gene Expression of ACE2, NLRP3, and FNDC5 in Obese Adults: A Randomized Controlled Trial. Med J Islam Repub Iran. 2022;36:1256-1264.
Silveira ALPA, de Abreu DA, Musto ALS, et al. The effects of high-intensity interval training on NLRP3 inflammasome and monocyte chemokine receptors in individuals with obesity. PLoS One. 2026;21(2):e0343214. doi:10.1371/journal.pone.0343214. PMID: 41729927
Erickson KI, Voss MW, Prakash RS, et al. Exercise training increases size of hippocampus and improves memory. Proc Natl Acad Sci U S A. 2011;108(7):3017-3022. doi:10.1073/pnas.1015950108. PMID: 21282661
こちら↓は医師・歯科医師・歯科衛生士向けの解説動画です(一部読み方がおかしい部分がありますが、内容は正確です)。
