院長のとっておきの話
院長のとっておきの話 その119 その顔で、笑えるように 歯科医師が考える、見た目と心 第6章 隣の国で起きていること――韓国の美容医療

■ 旅行のついでに
「ソウルに行ってきたの。ついでに、ちょっとだけ」。久しぶりに会った友人が、そう言って笑う。買い物と食べ歩きの旅に、美容の施術が組み込まれていた、という話です。

そんな会話を、どこかで聞いたことがあるかもしれません。少し前なら驚いていた話を、いつのまにか聞き流している。隣の国で、いま何が起きているのでしょうか。
■ 「体も髪も、父母から授かったもの」
儒教の経典『孝経』の冒頭近くに、よく知られた一節があります。
「身体髪膚、これを父母に受く。あえて毀傷せざるは、孝の始めなり。」(『孝経』より。書き下し文)

体も髪も皮膚も父母から授かったもので、それを傷つけないことが親孝行の始まりだ、という意味です。儒教の影響が強かったかつての朝鮮半島では、親から授かった体に手を加えることは、この教えに反するとされていました。
その韓国が、いまや世界有数の美容医療の国です。前の章では、自分には価値があると感じるための条件を、外見や他人の評価に置いてしまうことを考えました。その条件が、社会の慣行や制度にまで組み込まれると、何が起きるのか。この章では、韓国の美容医療の表と裏を見ていきます。
■ いま、どれくらいの人が
韓国ギャラップの2020年の調査では、就職や結婚のためなら美容整形も「あり得る」と答えた人が67%にのぼりました。
韓国の20代女性を無作為に選んで調べた研究もあります。4割近くが、手術以外も含めて、すでに何らかの美容施術を受けていました。
国の外からの患者も急増しています。韓国保健福祉部によると、2025年に韓国で医療を受けた外国人患者は201万人でした。国別では中国に次いで日本が多く、全体のおよそ3割を占めていました。
■ 切る手術から、切らない施術へ
外国人患者のうち、皮膚科を受診した人の割合も変わってきました。統計が始まった2009年には1割に満たなかったのが、2024年には半数を超えています。

ロイター通信の報道によれば、人気なのは、かつて主流だった鼻や二重まぶたの手術ではありません。注射や超音波、光を使った、切らずに年齢による変化を和らげる施術です。
■ 人生の節目に組み込まれた手術
韓国の新聞の報道によれば、大学入試を終えた高校3年生にとって、冬は美容整形の季節だといいます。入学までに腫れが引き、自然な顔で新しい生活を始められるからです。受験票を見せると割引するクリニックもあります。合格のお祝いとして親や親族が費用を出すことも珍しくない、と報じられています。

形成外科医によれば、手術を受ける人が多いのは、高校3年生、大学の3〜4年生、そして就職の直前です。人間関係が入れ替わり、周りに気づかれにくい時期だからです。
一方で、成長が終わっていない10代の手術には慎重な判断が必要だ、という専門家の声もあります。
■ 採用と外見
避けて通れないのが、就職と外見の関係です。韓国の求人サイトが2017年に行った調査では、93%の企業が応募書類に写真を求めていました。人事担当者のおよそ半数は、外見を理由に応募者を不合格にしたことがありました。

同じ2017年、韓国政府は公共機関の採用に「ブラインド採用」を導入しました。応募書類で写真や外見、家族の背景、出身校などを求めることを禁じた制度です。それでも民間企業の多くでは、いまも写真の添付が一般的だとされています。
2026年2月には、保健福祉部の傘下にある最大の公共機関、国民健康保険公団が、2017年から採用の評価項目に「外見」を含めていた、と報じられました。制度を変えても、慣行はすぐにはなくならないのでしょう。
英語圏の論評には、こんな指摘もあります。スターの顔をまねようとする一人ひとりの選択が積み重なると、それが社会の新しい基準になる。その基準は、まだ手術を選んでいない人にも、同調を求める柔らかな圧力としてのしかかる、というものです。
前の章で考えた、自分の価値を認めるための条件が、韓国では採用や結婚という社会の仕組みにまで組み込まれている。そう言えそうです。就職や結婚のためなら整形もあり得ると67%が答えていたことも、この仕組みと重ねて読めます。
■ 裏側――代理執刀と手術室のカメラ
その裏側では、取り返しのつかない出来事も起きています。2016年、ソウルの一人の大学生が、顎の輪郭を整える手術を受けました。突き出た顎をからかわれ続けてきたことが、理由でした。手術のあと大量に出血して昏睡状態となり、49日後に亡くなりました。

手術室の防犯カメラには、約束された院長ではなく、資格のない看護助手やインターンが手術の一部を行う様子が映っていました。いわゆる「代理執刀」です。院長は、のちに業務上過失致死の罪で有罪となりました。
学生の母親は、その映像を何度も見返し、国会の前で一人で抗議を続けました。手術室に監視カメラを義務づける法律は、それまで医師の団体の反対で成立していませんでした。それが2021年8月に可決され、2023年9月に施行されています。全身麻酔などで意識のない患者の手術室にカメラを置き、患者や家族が求めれば録画する、という内容です。

国の機関(国民権益委員会)が行った意見調査では、答えた人のほぼ98%がこの法律を支持していました。一方、韓国医師協会は、医師の自律性と患者のプライバシーを損なうとして強く反対しました。施行の前には、憲法裁判所への訴えも起こしています。
■ 「コルセット」を脱ぐ
韓国の社会が、こうした状況をそのまま受け入れてきたわけではありません。2018年ごろから、若い女性たちの間で「脱コルセット」と呼ばれる運動が広がりました。押しつけられる美の基準を、体を締めつけるコルセットにたとえ、それを脱ぎ捨てようという運動です。参加した人たちは長い髪を切り、化粧品を壊し、その姿をSNSで発信しました。

韓国ギャラップの調査では、美容整形の経験がある20代女性は、2015年の31%から2020年には25%に減っていました。この変化が運動によるものかどうかは分かりません。それでも、美の基準への疑問が、韓国の中から声として上がっていることは確かです。
■ ブラジルと韓国
第1章で読んだブラジルの形成外科医ピタンギーは、貧しい人にも美しくなる権利があると語りました。これに対して人類学者からは、その裏に、美しさを豊かさと、醜さを貧しさと結びつける前提がある、という批判が出ていました。

ブラジルでは、美容手術は「権利」として語られました。韓国では、就職や結婚に備える選択として受け入れられています。言葉は違っても、どちらの国でも、美しさは社会で認められ、上がっていくための条件として扱われている。そう読めるのではないでしょうか。
■ 日本から見た韓国
韓国を訪れる外国人患者のおよそ3割は日本人です。日本の厚生労働省も、韓国が外国から患者を受け入れる仕組みについて、調査を委託しています。

海外での施術には、費用などの面での魅力がある一方で、難しさもあります。帰国後に問題が起きたとき、施術した医師に相談しにくいことです。それがよく表れる例の一つが、歯の見た目を整える治療です。
■ 治療が終わったあと――ラミネートベニアと帰国後
ラミネートベニアとは、歯の表面をわずかに削り、薄いセラミックなどの板を貼りつけて、色や形を整える治療です。韓国でのこの治療は、日本語の旅行者向け情報サイトでも紹介されています。滞在は「最低でも2〜3日以上の余裕を見ておく」よう勧められていました。
研究では、ベニアの多くは長い期間残っています。たくさんの研究をまとめた報告では、約9年の時点で89%のベニアが残っていました。より新しい報告でも、約10年の時点で9割を超えて残っていました。

ただし、残っていることは、何も起きないことと同じではありません。新しいほうの報告では、約10年のあいだに欠けや外れなどの問題が起きた割合は、より丈夫な材料でおよそ6%でした。材料によっては、4割を超えていました。貼ったあとにも欠けや外れが起こりうる治療で、そのときには修理や交換が必要になります。
では、その修理を、帰国後に誰が担うのでしょうか。イギリスの歯科医師会が、国内の歯科医師に行った調査があります。海外で歯科治療を受けた患者を診たことがある歯科医師のうち、86%が、治療後に問題を抱えた患者の治療にあたっていました。問題は、治療の失敗や痛み、質の低さ、歯の削りすぎや合わないかぶせ物などでした。

また、9割を超える歯科医師が、治療後の診療が途切れることを心配していました。患者が苦情を申し立てたり救済を求めたりしにくいことも、多くの歯科医師が指摘していました。ただし、これは歯科医師に尋ねた調査です。海外で治療を受けた人のうち、何割に問題が起きたかを示すものではありません。
第4章の前編で紹介した、サウジアラビアの歯科医師への調査でも、多く挙げられた問題は同じでした。治療計画の不備と、治療後に担当医に相談できないことです。
帰国後に問題が起きると、国内の歯科医師は、必要な情報がないまま判断を迫られます。どれだけ歯を削ったのか、どの材料と接着剤を使ったのか、治療前のエックス線写真はどうだったのか。治療した歯科医院に相談しようにも、言葉や距離、制度の壁があります。
こうした調査結果から、海外での治療を考えるなら、治療の前に済ませておきたいことが見えてきます。治療後の診療が途切れるという心配に対しては、帰国後に誰が点検と修理を担うのかを決めておくこと。相談先がない、苦情を申し立てにくいという問題に対しては、治療の記録を受け取っておくことです。

削った量や使った材料、治療前後のエックス線写真などの記録は、別の歯科医師が判断するときの手がかりになります。そして、歯を削る治療は元に戻せない、と理解しておくことも欠かせません。
この章では、体を傷つけないことを説く教えがあった韓国で、美容医療が人生の節目や採用と結びついてきたことを見てきました。その裏では手術室の事件のあとに法律が生まれ、美の基準に異を唱える動きも起きています。海外での歯の治療については、帰国後の点検や修理を誰が担うのかという課題が見えてきました。
次の第7章では、年をとる顔と、「内側から」の美容を取り上げます。韓国で見られた切らない施術への移り変わりとも重なる話です。日本で広がりつつある、「美容内科」という名前を掲げるクリニックの取り組みについても見ていきます。
歯科医師 青山達也
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■ 参考文献
[古典] 『孝経』開宗明義章(パブリックドメイン)
[調査・研究] Seo YA, Chung HC, Kim YA. Experience and Acceptance of Cosmetic Procedures Among South Korean Women in Their 20s. Aesthetic Plast Surg. 2019;43(2):531-538. ★2 DOI: 10.1007/s00266-018-1257-0
韓国ギャラップ(2015年・2020年の調査). The Korea Times「For many Korean high school seniors, winter is the season for plastic surgery」(2021年12月13日)経由で確認.
[外国人患者の統計] 韓国保健福祉部. 2025年 外国人患者誘致実績. 工商時報(2026年4月24日)経由で確認. South China Morning Post / Asia News Network. 皮膚科の外国人患者の推移(2009〜2024年). 2025年. Taiwan News(ロイター通信の報道). 2026年. 野村総合研究所. 韓国における医療インバウンドに向けた取り組みと体制整備に関する調査報告書(厚生労働省委託). 2025年3月31日.
[採用] IZA World of Labor. “Blind” job applications to be implemented in South Korea. 2017年7月3日. The Korea Times. Korea begins ‘blind hiring’ for all public jobs. 2017年7月5日. 京郷新聞(英語版). 国民健康保険公団の採用評価に関する報道. 2026年2月25日. The American Conservative. Plastic Surgery in South Korea Keeps People Grinning(Quartz、New York Times の報道に言及した論評).
[代理執刀と監視カメラ] Euronews. South Korean lawmakers vote on cameras in operating rooms after surgery deaths. 2021年8月31日. The Korea Times. Doctors’ associations file constitutional petition over surveillance camera mandate in operating rooms. 2023年9月. Korea JoongAng Daily. CCTVs, but not necessarily recording, to be required in operating rooms. 2021年.
[ラミネートベニアと海外での歯科治療] Morimoto S, Albanesi RB, Sesma N, Agra CM, Braga MM. Main Clinical Outcomes of Feldspathic Porcelain and Glass-Ceramic Laminate Veneers: A Systematic Review and Meta-Analysis of Survival and Complication Rates. Int J Prosthodont. 2016;29(1):38-49. ★3 DOI: 10.11607/ijp.4315
Klein P, Spitznagel FA, Zembic A, et al. Survival and Complication Rates of Feldspathic, Leucite-Reinforced, Lithium Disilicate and Zirconia Ceramic Laminate Veneers: A Systematic Review and Meta-Analysis. J Esthet Restor Dent. 2025;37(3):601-619. ★3 DOI: 10.1111/jerd.13351
Alharamlah F, Alghamdi A, AlBraik R, et al. Investigating dentists’ perspectives of dental tourism trends in the Eastern Province, Saudi Arabia. BMC Oral Health. 2026;26(1). ★2 DOI: 10.1186/s12903-026-08641-8
British Dental Association の調査(Dental Tribune International「Dental tourism among UK patients is on the rise, BDA reports」2022年7月25日 経由で確認).
[脱コルセット] Center for the Study of Women in Society, University of Oregon. Radical Korean Feminism: Women’s Movement Seeks to #escapethecorset.
[一次資料] Pitanguy I(編). Cirurgia Plástica – Uma Visão de Sua Amplitude. São Paulo: Editora Atheneu; 2016.(第1章で引用)
[その他の資料] 韓国ギャラップ. ギャラップ・レポート「外見と美容整形手術」(2020年4月9日公表、2020年2月7〜20日調査、19歳以上1,500人). British Dental Association. UK dentists picking up the pieces from dental tourism boom(2022年7月ごろ). https://www.bda.org/media-centre/uk-dentists-picking-up-the-pieces-from-dental-tourism-boom 国民権益委員会. 手術室CCTV設置に関する国民意見調査(2021年5〜6月). 報道(Newsis 2021年8月31日、京郷新聞 2023年9月24日)で確認.
