院長のとっておきの話
院長のとっておきの話 その119 その顔で、笑えるように 歯科医師が考える、見た目と心 第4章(前編) 「あの人の鼻」がほしくなるとき

■ 保存した写真と、自分の顔
好きなタレントの写真を、スマートフォンに保存している人は多いでしょう。ふと、その写真と自分の顔を並べて見てしまう。鼻の高さ、目の大きさ、顎のライン。「ここだけ、あの人みたいだったら」と思ったことはありませんか。

美容医療の現場には、昔からよく知られた光景があります。憧れの誰かの写真を持ってきて、「この鼻にしてください」と頼む人です。手術の前に患者の心を診た外科医、ピタンギーの本『形成外科――その広がりへの展望』(2016年)にも注意がありました。「望む鼻について先入観を持って来院する患者」には慎重であるべきだ、というものです。
この章では、鼻や目、顎といった部品にこだわり、憧れの誰かの部品を自分の顔に当てはめようとする心の動きを「パーツ崇拝」と呼びます。そして、それがSNSの時代にどう強められているのかを見ていきます。
■ 顔は、部品の足し算ではない
ピタンギーの本は、顔の構造を説明する章で、こう書いています。

「骨の張り出しと、それを覆う軟らかい組織との均衡が、美しさの知覚には欠かせない。そのうちのどれか一点を変えれば、その顔全体の美的な読み取られ方が変わる。」(ピタンギーの本より。筆者訳)
顔は、部品を取り替えれば美しくなるものではない。そう読める一節です。同じ本は、鼻の手術を考えるときにも、顎の骨まで含めて顔全体を評価するとしています。
心理学にも、同じ方向を指す研究があります。顔の魅力についての研究をまとめた2006年の報告では、文化を超えて魅力的とされやすい特徴は3つでした。その集団の平均的な顔立ちに近いこと、左右が対称であること、そして性別らしさです。
どれも特定の部品の形ではなく、顔全体の配置やバランスに関わる性質です。ただし、これは2006年時点のまとめで、その後、文化による違いを指摘する研究も出ています。
■ 身体醜形症の人の、顔の見え方
顔を「全体として見る」働きについては、身体醜形障害という状態の人を調べた研究があります。身体醜形障害とは、他人には分からないほどの外見の欠点が頭から離れず、生活に支障が出る状態です。ここからは、身体醜形症と呼びます。
ある研究では、身体醜形症の人とそうでない人、それぞれ十数人に他人の顔写真を見てもらい、そのときの脳の働きを画像で調べました。身体醜形症の人では、ふつうの顔写真を見ているときにも、細部を分析するときに働く脳の場所が強く活動していました。
研究者たちは、顔を全体としてではなく、細部の集まりとして見ている可能性がある、と述べています。ただし、参加者の少ない研究です。

目の動きを追った研究もあります。身体醜形症の人と健康な人、それぞれ20人ほどに、自分の顔と他人の顔を見てもらいました。身体醜形症の人は、自分の顔では魅力的でない部分を、他人の顔では魅力的な部分を見る傾向がありました。ただし、この差は小さく、偶然でないとは言い切れない程度でした。
ドイツの研究でも、身体醜形症の人は、自分の顔でいちばん魅力的だと思う部分を、健康な人ほど見ていませんでした。自分の顔のよいところを、見落としがちだったのです。

ただし、これらはどれも身体醜形症の人を対象にした研究です。特定の部品に憧れる一般の人の見え方が同じかどうかは、ここからは分かりません。
■ 自撮りのレンズと、加工フィルター
パーツ崇拝に話を戻します。SNSの時代には、技術の後押しも加わりました。一つは、自撮りのレンズによるゆがみです。
顔とカメラの距離から計算した研究があります。腕を伸ばした距離で撮る自撮りでは、1.5メートルほど離れて撮った場合より、鼻が約3割大きく見えると推定されました。ただし、実際の写真を測ったのではなく、計算による推定です。

もう一つが、加工フィルターです。2018年、アメリカの皮膚科医たちが、フィルターで加工した自分の写真を持って美容医療を訪れる人がいる、と指摘しました。「Snapchat dysmorphia(スナップチャット醜形)」とも呼ばれる現象です。ただし、これは研究ではなく、医師が意見を述べた記事です。
アメリカで250人あまりに行ったオンライン調査もあります。Snapchatというアプリや加工フィルターを使う人は、使わない人より、美容手術を受け入れる気持ちが強くなっていました。ただし、一時点の調査なので、どちらが原因かまでは分かりません。
■ SNSは、体の見え方を変えるのか
若い女性を対象にした実験研究20件を、まとめて分析した研究があります。理想的な体型を強調した投稿を見ると、自分の体への満足度が下がり、ありのままの体を肯定する投稿を見ると上がりました。
悪い影響は、画像が中心のInstagramより、動画が中心のTikTokで大きく出ていました。ただし、実験の場で短い時間見たときの効果です。長い目で見た影響は分かりません。
10代を対象にした研究30件を整理した報告もあります。男女とも、SNSをよく使うほど、自分の体を否定的にとらえる傾向が一貫して見られました。しかも、利用時間の長さより、自撮りを加工する、投稿するといった具体的な行動の方が、体の見え方の悪化をよく予測していました。ただし、多くは一時点の調査なので、どちらが原因かまでは分かりません。
■ 日本の相談件数と、海外での歯科治療
日本でも、美容医療をめぐる相談は増えています。国民生活センターに寄せられた美容医療の相談は、2023年度の約6,300件から、2024年度には約1万700件に増えました。2025年度は約7,900件でした。

歯科では、サウジアラビアの歯科医師326人に、海外での治療について尋ねた調査があります。ほぼ全員が、海外で歯科治療を受けた患者を診た経験がありました。多かったのは、歯の表面に貼る薄いセラミック(ベニア)と、かぶせ物です。問題としては、治療計画の不備や、治療のあとに担当医に相談できないことが多く挙がりました。
ただし、これは歯科医師に一時点で尋ねた調査です。海外で治療を受ける主な理由は費用の安さとされ、外見へのこだわりとの関係は調べられていません。
国内では、美容医療のトラブルなどをきっかけに、2017年の医療法の改正(2018年6月から)で、医療機関のウェブサイトも広告のルールの対象になりました。詳しい説明のないビフォーアフター写真や体験談の掲載は禁じられています。しかしSNS上には、ルールの対象にならない個人の投稿や、その境目にある発信があふれています。
■ 若い男性に広がる「ルックスマキシング」
近年、新しい形のパーツ崇拝が、若い男性の間で広がっています。「ルックスマキシング(looksmaxxing)」と呼ばれる、外見を最大限に高めようとする動きです。
ブラジルの口腔外科の研究グループが、2026年にSNS上の投稿を分析しました。顔の骨を叩いて形を変えようとする危険な行為(いわゆるボーンスマッシング)の投稿は、ほぼすべてが男性によるものでした。舌の位置で顎の形を変えるとする「ミューイング」の投稿でも、4人に3人近くが男性でした。

反応の多い投稿には、4つの語り口がありました。自分を高めるための自己改善。科学のように見せかけた権威づけ。仲間への帰属と互いの承認。そして、危険を軽く見て当たり前とすることです。
カナダの社会学の研究は、月に数百万人が訪れるルックスマキシングの掲示板で、8,000件あまりの書き込みを読み解きました。数を数えるのではなく、書き込みの中身を読む研究です。
利用者たちは、互いの顔の左右差や、眉の上の骨の形を厳しく品評し合っていました。脚を伸ばす手術やミューイングなど、体を大きく変えることも勧め合っていました。さらに、基準に届かない者を「男として失敗した存在」と見なし、自分を傷つけるよう促す書き込みまで見られたといいます。
ミューイングが注目する舌の位置は、噛めない、話しにくいという問題を扱った第3章の「開咬」(奥歯で噛んでも前歯が閉じない噛み合わせ)と関わりがあります。治療で整えた噛み合わせが元に戻る「後戻り」に、舌の位置が関わっているのです。
では、大人が舌の位置を意識するだけで、顎の骨格は変わるのでしょうか。それを示した臨床試験は、医学論文のデータベースを調べた範囲では見つかりませんでした。
アメリカの口腔外科の学術誌も、2019年の意見記事で、ミューイングを「SNS上の顎矯正手術の代替?」と疑問符つきで取り上げています。顎矯正手術とは、顎の骨を切って位置を動かす手術です。なお、顔の骨を叩く行為には、骨折や神経を傷つける危険があります。
■ 部品ではなく、全体として自分を見る
ルックスマキシングの投稿の語り口の一つは、「仲間への帰属と互いの承認」でした。外見を変えることが、仲間に認められることと結びついていたのです。ここで外見の問題は、認められたいという気持ちの問題とつながってきます。
目の動きを調べたドイツの研究者たちは、身体醜形症の治療について提案しています。自分の顔のよい部分を見落とす傾向を改める「知覚の再訓練」が、治療の重要な要素になりうる、というものです。

大学生を対象に81の研究を整理した報告では、二つの取り組みが、短い期間では体の見え方の改善につながっていました。自分への思いやり(セルフ・コンパッション)を育てることと、SNSから短期間離れることです。ただし、効果は小さく、長く続くかどうかは分かっていません。
身体醜形症については、変えて楽になる人、楽にならない人を考えた第2章で触れたように、考え方のくせに働きかける心理療法などで症状が軽くなることが示されています。
序章で読んだドストエフスキーの言葉では、美をめぐる戦いの戦場は人間の心でした。SNSは、その戦場に、顔を部品ごとに採点し合う場を持ち込んだのかもしれません。

前編では、顔が部品の足し算ではないことを見てきました。自撮りのゆがみや加工、SNSでの見比べは、体の見え方や美容手術への考え方と関係していました。スマートフォンに保存した「あの人の鼻」は、あの人の顔全体から切り離しても、同じように見えるでしょうか。
後編では、横顔の物差しとして知られる「Eライン」を取り上げます。骨格の違いを考えずに一つの基準を当てはめると、何が起きるのか。横顔の「正解」は、だれが決めたのか。認められたいという気持ちの問題は、その次の第5章で、「いいね」がなくても自分を認められるか、という問いとして取り上げます。

歯科医師 青山達也
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■ 参考文献
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