院長のとっておきの話
院長のとっておきの話 その119 その顔で、笑えるように 歯科医師が考える、見た目と心 第2章 変えて楽になる人、楽にならない人

■ 同じ手術を受けた、二人のその後
たとえば、同じころに二重まぶたの手術を受けた二人がいるとします。一人は、鏡を見るのが前より気楽になり、やがて手術のことをあまり考えなくなりました。もう一人は、鏡の前で左右の差を探す時間が、手術の前より長くなりました。

顔に起きた変化はほとんど同じなのに、その後の気持ちはまったく違う。なぜでしょうか。
■ 目立つかどうかと、苦しいかどうかは別のもの
前の章で読んだ、ブラジルの形成外科医ピタンギーの本の、耳の変形を扱った章に、こんな一文があります。
「変形の程度は、患者が経験する心理的な苦しみの程度と、必ずしも比例しない」(ピタンギーの本より。筆者訳)

他人の目にはっきり分かる変形があっても、本人はそれほど苦しんでいないことがあります。反対に、他人にはほとんど見えない違いに、本人が毎日深く苦しんでいることもあります。「どれだけ目立つか」と「どれだけ苦しいか」は、別々のものさしで測る必要があるのでしょう。
この章では、この二つのものさしに「期待と動機」という視点を加え、外見の悩みを抱える人を三つに分けて考えてみます。一つ目は、治すほうがよい人。二つ目は、変えて楽になる人。三つ目は、変えても楽にならない人です。

三つ目の「楽にならない」は、その人がずっと楽になれないという意味ではなく、手術や施術では楽にならない、という意味です。
■ 一つ目 治すほうがよい人
一つ目は、外見や体の働きにはっきりした問題があり、食事や会話、呼吸、姿勢、人づきあいに支障が出ている人です。たとえば、あごの骨の問題(顎変形症)から起きる、受け口や開咬です。受け口は下の前歯が上の前歯より前に出る、開咬は奥歯で噛んでも前歯が閉じない噛み合わせです。
生まれつき唇や上あごが裂けている口唇口蓋裂、大きすぎる乳房、子どもの顔に目立つ血管腫(血管が増えてできるあざ)も、ここに入ります。この人たちにとって、外見の変化は治療の「結果」であって「目的」ではありません。治療で生活の質がよくなることも、研究で報告されています。
あごの骨を切って位置を動かす手術(顎矯正手術)については、22の研究をまとめて分析した報告があります。手術から数か月たった時点で、生活の質を調べたすべての面がよくなっていました。ただし、もとになったのは手術を受けた人の経過を追った研究で、参加者をくじ引きのように分けて比べた試験ではありません。
歯を動かして歯並びを整える矯正治療と、この手術を比べた研究をまとめた報告もあります。どちらも口に関わる生活の質を改善していました。手術では、自尊感情(自分には価値があると感じる気持ち)などの改善が、より早く現れていました。ただし、研究ごとの結果のばらつきが大きいとされています。

乳房を小さくする手術でも、10代から若い大人の女性を対象にした研究をまとめた報告があります。体のこと、心と人づきあい、性的な面を含め、すべての面で改善が報告されています。ただし、こちらも手術を受けた人の経過だけを追った研究です。
子どもについては、ピタンギーの本の血管腫の章が、目立つ顔の血管腫は小学校に入る前か入るころに手術することがありうるとし、その理由をこう書いています。
「顔の血管腫は、3歳から5歳の間に子どもの中で形づくられる身体像の意識に、深刻な影響を与えうる」(ピタンギーの本より。筆者訳)
身体像とは、自分の体をどう感じ、思い描いているかのことです。
ここで、一つ病名を説明します。他人には分からないほどの外見の欠点が頭から離れず、生活に支障が出る状態を、精神医学では身体醜形障害と呼びます。この連載では身体醜形症と呼びます。
アメリカの大学病院の顔の形成・再建外科で、受診者のうち身体醜形症と診断される人の割合を調べた研究があります。美容目的の受診者では約13%でした。けがや生まれつきの変形を治す再建目的の受診者ではずっと少なく、大半は当てはまりませんでした。ただし、一つの病院での調査です。
■ 二つ目 変えて楽になる人
二つ目は、外見の特徴そのものは軽いか中くらいで、本人がそれを現実的に受け止めている人です。手術や施術への期待が現実的で、変えたい理由が自分自身の内側にあります。このような人では、外見を変えることが心の改善につながると報告されています。

ドイツとスイスの研究では、初めて美容手術を受ける数百人を、1年後まで追いかけました。比べた相手は、手術を考えたけれど受けなかった人たちと、美容手術に関心のない人たちです。
手術を受けた人は、受けなかった人に比べて不安が少なく、自尊感情や生活への満足度が高くなっていました。目立った悪い影響は見られませんでした。
ただし、手術を受けるかどうかは本人が選んでいます。くじ引きのように分けた試験ではないので、違いの一部は、手術を選んだ人たちのもともとの特徴によるものかもしれません。
美容手術の前後の心の状態を調べた37の研究をまとめたレビューも、似た結論でした。多くの人は結果に満足していましたが、一部には、一時的な、あるいは長く続く心の問題が見られました。ただし、方法のまちまちな研究を、文章で整理したレビューです。
ピタンギーの本には、「当科の経験では、期待の水準が実現可能な結果と見合っていれば、手術は通常、適応となる」「自分の年齢を受け入れている人ほど、結果をよく受け入れる」という二つの文がありました(筆者訳)。適応とは、その治療がふさわしい、ということです。この二つの文と、この節の初めに書いた特徴を合わせると、変えて楽になる人の条件は三つにまとめられそうです。
期待が、実現できる範囲に収まっていること。変えたい理由が、他人のためではなく自分自身のためであること。そして、変えられない自分を、ある程度受け入れられていることです。
■ 三つ目 変えても楽にならない人
三つ目は、他人にはほとんど、あるいはわずかにしか見えない欠点に強くとらわれ、生活に支障が出ている人です。先ほど説明した、身体醜形症の人です。

アメリカ精神医学会の診断の手引きでは、診断の中心は二つです。他人には分からないか、ささいに見える外見の欠点へのとらわれ。そして、鏡で何度も確かめる、他人と比べるといった、繰り返しの行動です。
この人たちは、皮膚科や美容外科、歯科をよく訪れます。いろいろな場所での割合を推定した報告では、矯正歯科や審美的な歯科治療の受診者のおよそ5%とされています。ただし、限られた研究からの推定です。
身体醜形症の人を数百人調べた研究では、大人のおよそ4分の3が、皮膚科の治療や手術など、精神科以外の治療を求めていました。実際に受けた人も多くいましたが、それで症状がよくなることは、まれでした。別の研究でも、同じような結果でした。

美容治療を受けた身体醜形症の人の経過を検討したレビューも、大多数で結果はよくなかったと結論づけています。ただし、症状が軽く、気になる部位が限られている人では、役立つ可能性を今のところ否定しきれないとしています。研究はまだ少なく、はっきりしたことは言えません。
先ほどの37の研究のレビューは、手術後の心の経過が悪くなりやすい特徴も挙げています。若いこと、男性であること、現実離れした期待、過去の手術への不満、気にしている変形がわずかであること。人間関係の悩みからの動機、うつ病や不安症などにかかった経験、そして身体醜形症も挙げられています。
ただし、これらは観察から見えてきた結びつきで、原因だと確かめられたわけではありません。ピタンギーの本が注意をうながしていた、「人生が魔法のように変わることを期待する患者」とも重なります。
では、どうすればよいのでしょうか。手術とは別の治療の道があります。認知行動療法(考え方や行動のくせに働きかける心理療法)などは、身体醜形症の重さを大きく下げていました。参加者をくじ引きのように分けて比べた13の試験を、まとめて分析した結果です。

ただし、この分析では効果がかなり大きく出ています。比べた相手(治療を待っている人など)の選び方によって、大きめに見積もられている可能性があります。
薬については、SSRIと呼ばれる種類の抗うつ薬(うつ病などの治療に使われる薬です)を、くじ引きのように分けて比べた試験があります。効果が見られた人は、有効成分を含まない偽薬では2割弱、SSRIでは半数あまりでした。ただし、小さな試験一つの結果です。
■ 三つは、きれいに分かれるとは限らない
ここまで三つに分けてきましたが、実際の人がどれか一つにきれいに収まるとは限りません。たとえば、あごの骨を動かす手術は「治すほうがよい人」のための医療です。それでも、受けに来る人の中には、一定の割合で身体醜形症の人がいます。
先ほどの割合を推定した報告では、この手術の受診者の1割あまりと見積もられています。2025年に出た、研究をまとめて分析した報告では約15%でした。ただし後者は、推定の確かさが低いとされています。

この章の三つの分け方は、顔そのものではなく、顔とそれを受け取る心との関係によるものです。序章で読んだ『カラマーゾフの兄弟』の言葉を借りれば、戦場は顔ではなく、心の中にある、ということになるのでしょう。
■ 分かれ道を見分けるために
医療の現場では、この分かれ道をどう見分けるのでしょうか。
一つは、ピタンギーの本から浮かび上がった三つの問いです。なぜ変えたいのか。変わったら何が起きると期待しているのか。変えられない自分を受け入れられているか。
もう一つは、短い質問票によるふるい分けです。先ほどのアメリカの病院の研究では、身体醜形症の質問票を、専門家の面接による診断と比べました。質問票は、面接で身体醜形症と診断された人を見逃さず、そうでない人の大部分も正しく見分けていました。
ただし、一つの病院で確かめた結果です。また、質問票はあくまでふるい分けの道具です。

三つ目に当てはまりそうな人について、この章の研究から言えることは二つです。手術や皮膚科の治療では、症状がよくなることはまれだということ。そして、心の側の治療には、効果が確かめられたものがあることです(心理療法は複数の試験、薬は小さな試験一つ)。診断は専門家の面接で行われ、治療の判断は精神科の医師などが行います。
■ 次の章へ
この章では、外見の悩みを「治すほうがよい人」「変えて楽になる人」「変えても楽にならない人」の三つに分けて見てきました。どれだけ目立つかと、どれだけ苦しいかは、別のものさしです。そして、外見を変えた後の気持ちには、期待や動機、心の状態が関わっていると報告されています。

冒頭の二人の違いは、どこから来たのでしょうか。
次の第3章では、一つ目の「治すほうがよい人」の代表として、歯科とも深く関わる開咬と受け口を取り上げます。見た目の問題に見えて、じつは噛めない、話しにくい、あごに負担がかかるといった、体の働きの問題を抱えているケースです。
歯科医師 青山達也
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■ 参考文献
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