院長のとっておきの話
院長のとっておきの話 その118 化学物質過敏症を調べ直す 後編 歯科の検査で分かること、分からないこと

■ 歯科と化学物質過敏症が出会う場所
前編では、化学物質過敏症の定義が一つに決まっていないこと、そして、試験で確かめることができる「再現性」の条件も、盲検の試験では、まだ繰り返し確かめられていないことを見てきました。後編では、歯科に関わる話を取り上げます。
化学物質過敏症を調べる質問票には、歯科に関わる質問が入っています。アメリカで作られた50問の質問票(QEESI)は、日本語版も作られ、日本の調査で使われてきました。その中には、「医療用に使われる物質」(麻酔薬、インプラント、入れ歯など)で反応が出るかを尋ねる質問や、「皮膚に触れるもの」(金属の装飾品やアクセサリーなど)への反応を尋ねる質問があります。3問だけの短い質問票(BREESI)にも、麻酔薬や、インプラント・入れ歯などの医療で使う材料で、体に違和感が出ることがあるかを尋ねる質問があります。
海外には、歯科の材料による体の不調を専門に調べる部門もあります。ノルウェーのベルゲン大学の歯学部に置かれた国の専門部門では、最初の4年間に296人を診ました。そのうち85%近くは、アマルガム(水銀を含む銀色の詰め物)を心配して紹介された人でした。そして、ほぼ全員(96%)が、筋肉や関節の痛み、疲れやすさ、もの忘れといった全身の症状を訴えていました。

日本の調査でも、医師に化学物質過敏症と診断された人には、金属アレルギーがあると答えた人が、そうでない人より多く見られました。また、慢性疲労症候群、線維筋痛症、顎関節症(あごの関節や筋肉の痛み)の患者さんたちを調べたアメリカの研究では、比べた人たちより、化学物質過敏症の基準に当てはまる人が多かったと報告されています。
■ 検査が答えられる問いは、3つに分かれる
歯科で「検査をしてほしい」と考えるとき、知りたいことは、次の3つのどれかに分けられます。

一つ目は、化学物質に敏感な傾向があるかどうか。 二つ目は、歯科の材料や薬に、本当のアレルギーがあるかどうか。あるいは、口の中に、材料が原因の変化が起きているかどうか。 三つ目は、口の中の材料が、全身の不調の原因になっているかどうか。
この3つは、似ているようで、使える検査がまったく違います。先に結論を書くと、一つ目には質問票があり、二つ目には確かめられた検査があります。けれども、三つ目の「この材料が全身の不調の原因か」に答えられる、確かめられた検査は、今のところありません。
■ 一つ目 化学物質に敏感な傾向があるか
ここで使えるのは質問票です。3問の短い質問票(BREESI)は、アメリカの1万人以上を対象にした研究で、50問の質問票の判定とよく一致していました。日本でも、50問の質問票の日本語版について、日本人向けの基準値が作られています。
ただし、短い質問票を確かめるときに比べた相手は、50問の質問票です。そして50問の質問票も、血液検査や画像のような、本人の申告とは別の物差しと比べて確かめられたものではありません。質問票で「可能性が高い」と出ても、それは診断ではなく、ふるい分けの結果です。

■ 二つ目 本当のアレルギーや、口の中の変化があるか
ここには、確かめられた検査があります。
金属やレジン(歯科用のプラスチック)へのアレルギーは、皮膚科などで行うパッチテストで調べます。疑わしい物質を皮膚に貼り、数日後に反応を見る検査です。

先のノルウェーの専門部門では、パッチテストを受けた人のうち、金に反応した人が23%、ニッケルが28%、コバルトが14%、パラジウムが9%、水銀が6%、レジンの成分のどれかが8%でした。
ただし、パッチテストで陽性だったことは、その金属が全身の不調の原因だという意味ではありません。この部門でも、歯科の材料と全身の症状のあいだに、単純な因果関係は確かめられませんでした。材料の交換を勧めたのは、材料が触れている部分に病変があった20人と、パッチテストでアレルギーが確かめられた20人でした。
口の中の変化は、診察で目で見て確かめられます。同じ部門の別の報告では、紹介されて診察を受けた253人のうち80人に、むくみ、苔癬様の病変(白い網目状の模様などが現れる変化)、ただれや水ぶくれ、赤み、粘膜がうすくなる変化が見られました。そのうち45人の変化は、紹介した歯科医師や医師からの報告には書かれていませんでした。
この苔癬様の病変には、詰め物やかぶせ物に接している部分に出る反応(苔癬様接触反応)と、材料とは別の原因で起きる慢性の病気(口腔扁平苔癬)があります。材料を交換した後の経過を追った研究では、前者は後者に比べて明らかに良くなりやすく、後者で良くなった人はいませんでした。研究者は、問題のない詰め物を不必要に交換しないために、正しく見分けることが必要だとしています。

歯ぐきに打つ麻酔(局所麻酔薬)のアレルギーを疑われる人もいます。麻酔の直後に息苦しさや、意識が遠のくような強い症状が出ると、アレルギーが疑われることがよくあるためです。
過去の報告をまとめた研究では、局所麻酔薬のアレルギーが疑われた2,978人のうち、本当のアレルギー(IgEという抗体が関わる即時型のアレルギー)だったのは1%未満でした。ドイツの大学病院が20年間に調べた402人でも、本当のアレルギーは2人でした。この論文は、局所麻酔薬の直後の強い反応は歯科の治療中に起きることが最も多く、その多くはアレルギー以外の仕組みで起きると説明しています。
過去にじんましんや腫れ、息苦しさなどがあった人には、アレルギーの専門の医療機関で、皮膚テストと、麻酔薬を皮膚の下に注射して反応を見る試験(誘発試験)を受けて確かめる方法があります。このドイツの研究では、皮膚テストで陰性だった麻酔薬を使った771回の誘発試験で、アレルギーはすべて否定されていました。
インプラントに使うチタンのアレルギーは、まれだと考えられています。スペインの歯科医院での研究では、インプラント治療を受けた、または治療のために診察を受けた1,500人のうち、チタンのアレルギー検査で陽性になったのは9人(0.6%)でした。検査を受けたのは、症状などから検査が必要と判断された35人です。

■ 三つ目 その材料が、全身の不調の原因か
ここに答えられる、確かめられた検査はありません。それでも、この問いに答えられるとする検査が、一部の医療機関や検査会社で行われています。研究で分かっていることを、検査ごとにまとめます。
指で輪をつくって力の入り方を見る方法(Oリングテスト)と、筋肉の力の変化を見る方法(筋力テスト、アプライド・キネシオロジー) ドイツの大学の研究では、この筋力テストの資格をもつ歯科医師2人が、歯科用のプラスチック材料2種類が体に合うかどうかを判定しました。同じ人を、どちらの材料か分かる条件と分からない条件で判定したところ、結果が一致したのは40人中14人で、偶然と変わりませんでした。Oリングテストについては、材料が体に合うかどうかや病気を見分ける力を、考案者のグループ以外が、どちらか分からない条件で確かめた研究は見つかりませんでした(医学論文のデータベースPubMedで検索、2026年10月時点)。
体に弱い電気を流して反応を見る方法(電気皮膚テスト) イギリスの研究では、どちらか分からない条件で調べたところ、ダニやネコのアレルギーがある人とない人を見分けられませんでした。

髪の毛のミネラル検査 アメリカの研究で、一人の人の同じ髪の毛を6つの検査会社に送ったところ、12の元素で、会社によって結果が10倍以上違いました。正常か異常かの判定や、勧められた食事・栄養補助食品も食い違っていました。研究者は、栄養状態や、有害物質にさらされているかどうかの評価に、この検査を使わないよう勧めています。
金属を体の外に出す薬(キレート剤)を使った後の尿の検査 アメリカの医療毒性学会の学会誌に載った論文は、方法が標準化されておらず、健康な人の基準値もなく、診断に役立つという確かな根拠もないうえ、薬による害もありうるとして、使うべきではないとしています。この薬を使うと、水銀に特にさらされていない人でも、尿の中の水銀が増えることが分かっています。
血液のリンパ球の反応を見る検査(リンパ球刺激試験) 採血したリンパ球(白血球の一種)に金属を加えて、反応するかを調べる検査です。スウェーデンの研究(34人)では、パッチテストの結果と比べたとき、アレルギーでない人を正しく「陰性」と判定できた割合は17〜79%にとどまりました。研究者は、偽の陽性が多く出るため、金・パラジウム・ニッケルの接触アレルギーの診断には役立たないと考えられる、としています。
血液や尿の水銀の量 これは、体がどれだけ水銀にさらされているかの目安で、症状の原因を調べる検査ではありません。ドイツの研究では、アマルガムが原因と考えて不調を訴える40人と、年齢・性別・歯の状態をそろえた40人とで、血液と尿の水銀の量に差はありませんでした。スウェーデンの研究では、詰め物の金属のあいだに流れる電気(口腔ガルバニー)が原因だと考えていた218人に、水銀中毒が疑われる人はいませんでした。218人全員に、口腔ガルバニー以外の診断がつきました。
■ 詰め物を外せば、確かめられるのか
「外して体調がよくなれば、それが原因だったと分かる」と考える人もいるかもしれません。研究は、それほど単純ではないことを示しています。
ドイツで、アマルガムが原因と考えて不調を訴え、ほかの体や心の病気では説明のつかない90人を、くじ引きのように偶然で3つのグループに分けた試験があります。アマルガムを外すグループ、外したうえでビタミンや微量元素を多く使う「解毒」の治療も行うグループ、外さずに健康づくりのプログラムに参加するグループです。1年後には、3つのグループすべてで症状がよくなっていました。改善の幅は外したグループでやや大きかったものの、グループのあいだに統計的にはっきりした差はありませんでした。人数の少ない試験であることには注意が必要です。

ノルウェーの研究では、全身の不調をアマルガムのせいだと考える50人を、乱数で、外すグループ20人、外さないグループ20人、補欠10人に分けました。3年後、外したグループでは、口の中と全身の訴えがはっきり減っていました。外さなかったグループは、わずかに悪化していました(統計的にはっきりした変化ではありません)。口の中と全身の訴えについて、両グループの変化の差は統計的にはっきりしていました。
ただし、この研究には注意点があります。外すグループからは、割り付けた後で条件に合わない6人を除き、補欠と入れ替えています。外さなかったグループは郵送の質問票だけで追い、分析できたのは20人中13人でした。また、水銀の減り方と訴えの減り方のあいだには、統計的にはっきりした関係は見られませんでした。研究者は、仕組みは分からないとしたうえで、水銀にさらされることが減ったこと、時間をかけて話を聞く患者さん中心の治療と経過観察、心配がなくなったことが影響した可能性を挙げ、比較は慎重に解釈すべきだとしています。外す処置に伴って、20人中7人が一時的に体調の悪化を訴えました(1〜2週間で治まっています)。
外した後に体調がよくなっても、それが材料のせいだったという証明にはなりません。外さなくてもよくなる人がいるからです。このノルウェーの研究者たちも、問題のない詰め物を外すかどうかは、期待できる利点を、歯が割れる、歯の神経の治療が必要になるといった処置の危険と比べて考えるべきだとしています。
一方で、材料の交換が勧められる場合もあります。二つ目で見たように、材料に接している部分に病変があり、交換で良くなりやすい苔癬様接触反応の場合です。また、パッチテストでアレルギーが確かめられた場合にも、交換が勧められることがあります。
■ 歯科医院で相談するときに
【院長視点の推論】ここからは研究の結果ではなく、歯科医師としての私の考えです。
化学物質過敏症について、歯科医師が使わないようにしたい言葉が二つあると私は考えています。「気のせいです」と、「材料のせいです」です。どちらも、今の研究からは言えないことだからです。
歯科医院でできることは、口の中に目で見える変化があるかを確かめること、本当のアレルギーが疑われるときに皮膚科やアレルギーの専門の医療機関につなぐこと、そして、診療を受けやすい環境を一緒に考えることだと思います。化学物質過敏症そのものの診断や治療については、内科やアレルギー科などの医師に相談してください。
相談するときには、次のことを伝えていただくと、検査や治療を考える手がかりになると思います。
・過去の反応の様子。じんましん、まぶたや唇の腫れ、息苦しさなど、周りの人にも見える変化があったかどうか。いつ、どの処置の後だったか ・口の中の気になる変化。白い模様、ただれ、赤み、詰め物の周りの痛みなど ・具合が悪くなるにおいがあれば、その種類。待合室での過ごし方、予約の時間帯、換気など、配慮を相談するきっかけになります ・ほかで受けた検査の結果。その検査で何が分かり、何が分からないのかを、一緒に確かめることができます
質問票を歯科で使うときには、注意したい点もあります。短い質問票の2問目は、麻酔薬や入れ歯などで違和感が出たことがあるかを尋ねています。歯科の治療で不快な経験をしたことのある人は、ここで「はい」と答えやすいかもしれません。研究で確かめられたことではありませんが、歯科で質問票の結果を読むときには、この点を差し引いて考える必要があると思います。

そして、元に戻せない処置ほど、その前に立ち止まることが大切です。問題のない詰め物を外す前に、外すことで何が分かり、何が分からないのかを、歯科医師と話し合ってください。
■ おわりに
化学物質過敏症は、定義も、原因も、検査も、まだ一つに決まっていない病気です。歯科で確かめられるのは、口の中の目に見える変化です。本当のアレルギーかどうかは、皮膚科やアレルギーの専門の医療機関での検査で確かめます。口の中の材料が全身の不調の原因かどうかを確かめる方法は、今のところありません。

歯科医師 青山達也
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■ 参考文献
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