院長のとっておきの話

慢性炎症/歯周病/根尖病変/口腔がん

院長のとっておきの話 その115 痛くないのに、なぜ治療をすすめられるのか

根の先で、今日も続いていること

歯科でこんな説明を受けたことはないでしょうか。

レントゲンで根の先に黒い影があります。歯ぐきに小さな膨らみもあって、そこから膿が出ています。でも患者さんご本人は、まったく痛くない。噛んでも平気。困っていることは何もない。

この状況で「では、様子を見ましょうか」となるのは、とても自然なことだと思います。痛くないものを治療する理由が見つからないのは当たり前ですし、時間もお金もかかります。私自身、その判断を頭ごなしに否定するつもりはありません。

ただ、ひとつだけお伝えしておきたいことがあります。この状態は「何も起きていない」のではなく、「ずっと何かが起き続けている」状態だということです。

今日は、そのとき体の中で実際に何が起きているのかを、できるだけ具体的に書いてみます。

■ 根の中は、血が通わない部屋になっている

はじまりは、歯の神経が死ぬことです。

深い虫歯や強い衝撃で歯髄がやられると、その組織は壊死します。ここで大事なのは、歯髄が死ぬと同時に、そこへ通っていた血管も失われるということです。

血が通わない場所には、白血球が入ってこられません。抗菌薬も届きません。つまり根管の中は、体の中にありながら、免疫の管轄外になった小部屋なのです。

そこに細菌が住み着きます。しかもただ浮いているのではなく、ぬめりのある膜をつくって壁に貼りつきます。バイオフィルムと呼ばれる状態で、台所の排水口のぬめりと同じ構造です。膜の中の細菌は、薬にも消毒にも強くなります。

さらに根管は、まっすぐな一本の管ではありません。細い枝分かれ、へこみ、管と管をつなぐ橋のような部分があります。ある研究では、1回の治療で器具と薬液を使って清掃したあとの根の先を電子顕微鏡で調べたところ、16本中14本で細菌が残っていました。残っていた場所は、器具の届かないくぼみや枝分かれの部分で、多くはバイオフィルムの形をとっていました[1]。

これは治療が無意味だという話ではありません。この構造の複雑さがあるからこそ、治療には手間と時間がかかる、ということです。

■ 細菌は死んでも、毒素は残る

ここからが、痛くないのに何かが続いている理由の核心です。

根管の中の細菌の多くはグラム陰性菌といって、細胞の外側の壁にLPS(リポ多糖)という物質を持っています。内毒素、エンドトキシンとも呼ばれます。

この物質の厄介なところは、細菌が死んでも壊れずに残ることです。免疫が細菌を倒しても、毒素はその場に残り続けます。

そして根管には、根の先に小さな出口があります。歯髄に血管が通っていたときの入り口です。神経が死んだあとも穴は残っているので、毒素はここからじわじわと外へ染み出していきます。

一次感染の根管を調べた研究では、24本すべてから内毒素が検出されました。そして毒素の量が多い歯ほど、CBCTで測った骨の破壊された体積が大きいという相関が認められています。この研究での骨破壊の体積は、中央値でおよそ100立方ミリメートルでした[2]。

別の研究でも、根管から採取した内毒素の量と、レントゲン上の透過像が3ミリを超える大きさであることに相関が見られています[3]。

つまり、根の先で起きていることの規模は、根管の中にどれだけ毒素があるかとつながっています。

■ 免疫は、出口の前で毎日戦っている

では、染み出してくる毒素に対して体は何をしているか。

根の先の組織には血流があります。ここに免疫細胞が集まってきて、毒素と細菌が体の奥へ広がらないように食い止めます。ちょうど、閉じられない扉の前に人員を配置し続けているような状態です。

集まってきたマクロファージという細胞は、毒素に反応して炎症の信号を出します。研究では、内毒素の量が多いほどTNF-αとIL-1βという炎症性の信号物質が多く出ることが示されています。

そして同じ研究で、もうひとつ重要な所見が報告されています。内毒素が多いほど、IL-10という物質が少なくなるという逆の相関です[4]。IL-10は炎症を抑える側、つまりブレーキ役です。

言い換えると、毒素が多い場所では、アクセルが踏まれると同時にブレーキが緩んでいます。これが、この炎症が自然に収まらない理由のひとつです。

■ 骨を溶かしているのは、細菌ではありません

ここは意外に思われるかもしれませんが、レントゲンで黒く写っている部分、つまり溶けた骨は、細菌が溶かしたものではありません。

骨を壊す役割を持つのは破骨細胞という自分の細胞です。普段は骨をつくる細胞と釣り合って、骨の作り替えを担当しています。この釣り合いは、RANKLというアクセル役の分子とOPGというブレーキ役の分子の比率で決まります。

炎症の信号が続くと、この比率がアクセル側に傾き、破骨細胞が増えて骨が溶けていきます[5]。

なぜそんなことをするのか。ひとつの見方として、骨を下げて空間をつくり、そこに免疫細胞を配置して感染を封じ込めている、と考えることができます。陣地を築くために自分の壁を崩している、というイメージです。

つまり黒い影は、細菌に食われた跡ではなく、体が感染を抑え込むために支払っている代金の記録です。

■ 膿の出口があるということの意味

歯ぐきにできる小さな膨らみ、サイナストラクトについても書いておきます。

膿というのは、細菌と戦って死んだ白血球が集まったものです。それが骨と歯ぐきを貫いて外に出る通り道ができている、という状態がサイナストラクトです。

ここで押さえていただきたいのは、この通り道が開いたままであるためには、膿が今この瞬間も作られ続けている必要があるということです。膿の産生が止まれば、通り道は数日から数週間で自然に閉じます。

ですから、膿の出口があるという事実そのものが、今日も戦闘が続いているという証拠になります。レントゲンの影が過去の記録であるのに対して、こちらは現在進行形の情報です。

出口は自然につぶれて一度消え、しばらくするとまた同じ場所に現れます。この出たり消えたりを繰り返すため、消えている時期に「治った」と受け取られやすいのですが、そうではありません。

■ 食い止めきれなかった分は、どこへ行くのか

ここまでは、根の先の局所で起きていることです。では、免疫が食い止めきれなかった分はどうなるのか。

根の先の組織には、毛細血管とリンパ管が通っています。関所であると同時に、体の内部への入り口でもあるということです。染み出した毒素や細菌の一部が循環に入る経路が、構造としては存在します。

近年、離れた場所の組織から口の中の細菌に由来するDNAが検出されたという報告が増えています。

動脈硬化で血管の内膜を取り除く手術を受けた患者の検体35例を調べた研究では、12例(34.3パーセント)から細菌のDNAが検出されました。歯周病に関わる菌の一種は7例(20パーセント)で見つかっています[6]。

別の研究では、動脈瘤や頸動脈・大腿動脈の病変から採った組織を調べ、慢性の歯周炎がある患者のほうが細菌の量も種類も多いという結果が出ています。電子顕微鏡でも菌の姿が確認されました[7]。

歯科の側からの報告もあります。根管治療を受ける患者65人について、唾液、血液、根管の中、そして術者の手袋の細菌叢を次世代シーケンサーで解析したところ、同じ患者ではすべての検体に共通する菌のグループが見られました[8]。

こうした報告が増えていることは事実です。ただし、読むときに注意すべき点が3つあります。

第一に、検出されているのは多くの場合DNAであって、生きた細菌ではありません。心疾患を持つ方を含む患者で、根管治療の直後に血液を調べた研究では、培養では細菌は一つも生えず、遺伝子検査では18から19パーセントで細菌のDNAが検出されました[9]。DNAは死んだ菌からも出ます。見つかったからといって、そこで菌が生きて増えているとは限りません。

第二に、混入の問題があります。先ほどの65人の研究では、血液からも術者の手袋からも同じ種類の菌が多く検出されました。研究者たちは器具を介した移行の可能性を論じていますが、この菌は皮膚にいる常在菌でもあり、採血のときに混じり込む代表格です。血液から菌のDNAが出たとき、それが病巣から来たのか、手技の過程で入ったのかを区別するのは簡単ではありません。

第三に、検出されたことと、それが病気を起こしたことは別です。動脈硬化の病変に菌がいたとして、その菌が病変をつくったのか、できあがった病変に後から住み着いたのかは、この種の研究では決まりません。実際、先に挙げた研究のひとつでは、歯周病の状態と細菌の検出との間に関連は見られていません[6]。

まとめると、こうなります。根の先は体の内部と地続きであり、毒素や細菌が循環に入りうる経路であることは構造として確かです。実際に離れた組織から検出されたという報告も積み上がっています。しかし「歯の菌が全身の病気を起こしている」と言える段階ではありませんし、「治療すれば全身が良くなる」という証拠もまだありません。

過度に恐れる必要はありません。同時に、口の中だけで完結している話だと切り離すのも正確ではありません。今わかっているのは、その中間です。

■ では、なぜ痛くないのか

ここまで読むと、そんなに激しいことが起きているなら痛いはずだ、と思われるかもしれません。理由は2つあります。

ひとつは、その歯の神経がすでに死んでいることです。痛みを感じていた組織が機能を失っているので、そもそも痛みの信号を出せません。虫歯がしみて痛かった時期を過ぎ、しばらくして痛みが消えた、という経過に心当たりのある方もいると思います。あの「痛みが消えた」は、治ったのではなく、感じる側がいなくなったということです。

もうひとつは、圧力が逃げていることです。膿の出口があるということは、内側の圧が上がらないということでもあります。痛みは、圧が急に高まったときに強く出ます。出口があるかぎり、そうはなりません。

つまり痛みは、炎症の激しさを測っているのではなく、センサーが生きているかどうかと、圧が急に変わったかどうかを測っています。別の物差しなのです。

■ 「痛くない」は、決着ではなく均衡です

ここがこの記事でいちばんお伝えしたいところです。

痛くない状態というのは、戦いが終わった状態ではありません。免疫が毒素を食い止め、それ以上広がらないように押さえ込んでいる、釣り合いのとれた状態です。

そして、その釣り合いは毎日コストを払って維持されています。支払っているのは骨であり、免疫の資源であり、根の先の組織です。静かに見えるのは、うまく押さえ込めているからであって、何も起きていないからではありません。

問題は、この釣り合いが永久には続かないことです。体調を崩したとき、疲れがたまったとき、ほかの病気や治療で免疫の働きが落ちたとき、押さえ込む側の力が下がって急に腫れます。そしてそれがいつ来るかは、誰にも予測できません。連休中や旅行先で起きると、対応が難しくなります。

もうひとつ、待つこと自体にコストがあります。1170本の初回治療と1314本の再治療を追跡した研究では、治りやすさに影響する条件として、病変が小さいこと、そして治療前に膿の出口がないことが挙げられています[10]。つまり、病変が大きくなるほど、また膿の出口ができている状態が続くほど、あとから治療したときに治る確率は下がっていきます。

待てば状況が良くなる方向には、あまり働かないということです。

■ それでも、急ぐ必要はありません

ここまで書いておいて矛盾するようですが、慌てて何かを決める必要はありません。

治療にも不確実性があります。先ほどの研究で、治癒が得られた割合は初回治療で83パーセント、再治療で80パーセントでした[10]。裏を返せば、2割前後は治りきっていません。治療は歯を削る処置も伴いますから、回数を重ねるほど歯は弱くなります。年齢や全身の状態によっては、侵襲の少ない選択が妥当な場合もあります。

ですから「すべて治療すべき」とは申し上げません。

お伝えしたいのは、判断の材料から「痛くないから大丈夫」という一項目だけは外していただきたい、ということです。痛みは、この状態については当てになりません。

代わりに見るべきものがあります。膿の出口があるかどうか。同じ条件で撮った過去のレントゲンと比べて、影が縮んでいるのか、変わらないのか、広がっているのか。その歯を今後どう使っていくのか。骨に関わる薬を使っている、あるいはこれから使う予定があるか。こうした材料を並べたうえで、治療するか経過を見るかを決めていただくのがよいと思います。

根の先で起きていることは、静かではありますが、止まってはいません。そのことだけ知っておいていただければ、判断の質は変わってくるはずです。

気になる方は、かかりつけの歯科で確認してみてください。

■ 引用文献

[1] Nair PNR, Henry S, Cano V, Vera J. Microbial status of apical root canal system of human mandibular first molars with primary apical periodontitis after “one-visit” endodontic treatment. Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol Endod. 2005;99(2):231-252. https://doi.org/10.1016/j.tripleo.2004.10.005 評価★3。16本という少数例の観察研究です。また2005年の報告で、当時と現在では器具や薬液の使い方が異なります。

[2] Cardoso FGR, Ferreira NS, Martinho FC, et al. Correlation between volume of apical periodontitis determined by cone-beam computed tomography analysis and endotoxin levels found in primary root canal infection. J Endod. 2015;41(7):1015-1019. https://doi.org/10.1016/j.joen.2015.02.005 評価★3。24本の観察研究で、相関を示したものです。毒素が骨破壊を引き起こしたという因果関係を証明したものではありません。

[3] Gomes BPFA, Endo MS, Martinho FC. Comparison of endotoxin levels found in primary and secondary endodontic infections. J Endod. 2012;38(8):1082-1086. https://doi.org/10.1016/j.joen.2012.04.021 評価★3。各群15本の比較研究です。

[4] Martinho FC, Leite FRM, Nascimento GG, Cirelli JA, Gomes BPFA. Clinical investigation of bacterial species and endotoxin in endodontic infection and evaluation of root canal content activity against macrophages by cytokine production. Clin Oral Investig. 2014;18(9):2095-2102. https://doi.org/10.1007/s00784-014-1198-1 評価★3。21本の観察研究です。細胞の反応は実験室で調べたもので、体の中で同じことが起きている確認ではありません。

[5] Belibasakis GN, Rechenberg DK, Zehnder M. The receptor activator of NF-κB ligand-osteoprotegerin system in pulpal and periapical disease. Int Endod J. 2013;46(2):99-111. https://doi.org/10.1111/j.1365-2591.2012.02105.x 評価★3。33編を対象とした系統的レビューですが、根拠の中心は細胞実験と動物実験です。ヒトの病変でのRANKLの役割については報告が一致していません。

[6] Calandrini CA, Ribeiro AC, Gonnelli AC, et al. Microbial composition of atherosclerotic plaques. Oral Dis. 2014;20(3):e128-e134. https://doi.org/10.1111/odi.12205 評価★3。35検体の観察研究です。検出されたのは細菌のDNAであり、歯周状態との関連は認められていません。

[7] Armingohar Z, Jørgensen JJ, Kristoffersen AK, Abesha-Belay E, Olsen I. Bacteria and bacterial DNA in atherosclerotic plaque and aneurysmal wall biopsies from patients with and without periodontitis. J Oral Microbiol. 2014;6:23408. https://doi.org/10.3402/jom.v6.23408 評価★3。40例の観察研究です。検出された菌は口由来に限らず、腸由来を含む多様なものでした。

[8] Bakhsh A, Moyes D, Mannocci F, Proctor G, Niazi S. Links between nosocomial endodontic infections and bacteremia associated with apical periodontitis and endodontic treatment. J Endod. 2025;51(2):140-149. https://doi.org/10.1016/j.joen.2024.11.009 評価★2。65人の観察研究です。血液の16S解析は混入に弱く、検出された優占菌は皮膚常在菌としても知られています。

[9] Reis LC, Rôças IN, Siqueira JF, et al. Bacteremia after endodontic procedures in patients with heart disease: culture and molecular analyses. J Endod. 2016;42(8):1181-1185. https://doi.org/10.1016/j.joen.2016.05.013 評価★3。32人の観察研究です。培養では菌が検出されず、遺伝子検査でのみ陽性となりました。

[10] Ng YL, Mann V, Gulabivala K. A prospective study of the factors affecting outcomes of nonsurgical root canal treatment: part 1: periapical health. Int Endod J. 2011;44(7):583-609. https://doi.org/10.1111/j.1365-2591.2011.01872.x 評価★4。前向きの追跡研究で症例数も十分ですが、大学院生が治療を担当した条件下のデータです。一般の診療条件にそのまま当てはまるとは限りません。

院長紹介

院長

Tatsuya Aoyama

皆さま、こんにちは。私たちの歯科医院では、患者さま一人ひとりに寄り添い、最適な治療を提供することを目指しています。
精密な技術と設備を活用し、痛みの少ない治療を心掛けています。また、審美治療やインプラント、メインテナンス、訪問診療、抗加齢医学的栄養療法など、幅広いニーズに対応できる専門的なケアを提供しております。皆さまの笑顔を守り、健康的で美しい歯を維持するお手伝いをさせていただきます。お気軽にご相談ください。

略歴

H6年3月
宮崎県立延岡高校卒業
H12年4月
国立徳島大学 歯学部歯学科卒業
H12年5月
歯科医師免許証取得
H12-15年
インプラントセンター、予防歯科医院など3件で勤務
H15年7月
瑞の木会 ローズタウン歯科入社
H22年2月
ローズタウン歯科クリニック 継承
H31年4月
医療法人 地天泰 理事長 就任

所属

  • 日本歯周病学会(歯周病)
  • 日本口腔インプラント学会(インプラント)
  • 日本顕微鏡歯科学会(マイクロスコープ)
  • International Team for Implantology(ITI) member(インプラント)
  • 日本抗加齢医学会(アンチエイジング)
  • 日本分子状水素医学生物学会(アンチエイジング)
  • 日本アライナー矯正歯科研究会(マウスピース矯正)
  • Er-YAGレーザー臨床研究会(レーザー)
  • 日本口腔検査学会
  • 浦安市歯科医師会
  • 千葉県歯科医師会
  • 日本歯科医師会
  • 学校歯科医会

資格

歯科医師、日本抗加齢医学会専門医、ITIセクションジャパンインプラントスペシャリスト認定医