院長のとっておきの話
院長のとっておきの話 その113 「鮭を、毎日食べるなら」全5回 第5回 鮭定食を成分表で積算する

ここまで一品ずつ見てきたので、一膳にして足し算します。(私がよく食べるパターンを例にしています)
鮭2切れ(紅鮭 生160g)、玄米ごはん150g、納豆1パック(45g)、卵1個(50g)、ゆでブロッコリー80g。成分表(八訂)増補2023年の値を積算し、日本人の食事摂取基準(2020年版、50〜64歳男性)に対する割合で見ます。
合計は609キロカロリー、たんぱく質57グラム。エネルギーは一日の23パーセント、たんぱく質は推奨量の87パーセント。たんぱく質の膳です。
■ 一膳の充足率
エネルギーが一日の23パーセントなので、それを下回るものが「この膳に構造的にないもの」です。
ヨウ素 13パーセント(卵の16マイクログラムのみ。紅鮭とブロッコリーは成分表に未収載) カルシウム 16パーセント(123ミリグラム) ビタミンA 23パーセント(卵のレチノールとブロッコリーのカロテン) 亜鉛 34パーセント、カリウム 43パーセント、食物繊維 61パーセント、マグネシウム 53パーセント、鉄 60パーセント ビタミンC 44パーセント、葉酸 88パーセント、ビタミンE 84パーセント ビタミンD 644パーセント、ビタミンB12 650パーセント、ビタミンK 285パーセント
紅鮭160グラムだけでビタミンDは52.8マイクログラム、B12は15マイクログラム。一膳で一日分の6倍です。毎日2切れなら、他の食事で魚を重ねる必要はありません。耐容上限(ビタミンD 100マイクログラム)の半分をこの膳で使いますが、害の水準ではありません。

■ ブロッコリーが戻ってくる
第4回で、ブロッコリーは発酵性繊維では最下位だと書きました。ここで役割が変わります。ブロッコリー80グラムを外すと、この膳のビタミンCはゼロ、ビタミンAは16パーセント、葉酸は48パーセントに落ちます。玄米にも納豆にも卵にも鮭にも、ビタミンCは実質含まれていません。
食物繊維源としては脇役、ビタミンCと葉酸とカロテンの供給源としては主役。同じ食材の評価が、何の枠組みで見るかで入れ替わります。第3回のアスタキサンチンと同じ形です。

■ 残る穴はカルシウムとヨウ素
ヨウ素は海藻がない膳では構造的に足りません。わかめの味噌汁一杯で一日分を超えますが、甲状腺の疾患や治療でヨウ素を制限されている方は、逆にここを足してはいけません。その場合は昆布だしも対象になります。市販のだしパックや顆粒だしにも昆布が入っていることが多く、原材料表示の確認が要ります。ヨウ素については、足すか足さないかを一律には書けない、ということだけ記しておきます。
カルシウムは、この膳の食材がどれもカルシウム密度の低いものばかりです。埋めるとしたら乳製品、小松菜、小魚。手軽なのはチーズです。

■ プロセスチーズとナチュラルチーズ
成分表の100グラムあたりで比べます。
プロセスチーズ:カルシウム630ミリグラム、リン730ミリグラム、食塩相当量2.8グラム チェダー:カルシウム740ミリグラム、リン500ミリグラム、食塩相当量2.0グラム
20グラム(6Pチーズ1個、スライス1枚)で、チェダーならカルシウム148ミリグラムが乗り、この膳のカルシウムは16パーセントから36パーセントになります。プロセスチーズでも126ミリグラムで33パーセント。どちらでも穴は埋まります。

違いはリンです。プロセスチーズは、ナチュラルチーズを溶かして固め直す工程でリン酸塩やクエン酸塩の乳化剤(溶融塩)を加えます。リンが多く、カルシウムが少ないのは、そのためです。
もう一段、成分表では見えないことがあります。食品にもともと含まれる有機リンは腸で一部しか吸収されませんが、添加物として加えられる無機リン酸塩は容易に吸収されます。そして栄養データベースは両者を区別していません。慢性腎臓病の食事指導の総説では、添加物由来のリン負荷は含有量に対して不釣り合いに大きく、データベースでは過小報告されていると指摘されています。★3[1]
つまり「プロセスチーズのリンは730、チェダーは500」という差は、実際に吸収される量の差を過小評価している可能性があります。腎機能が正常な方が一膳で気にする水準ではありませんが、毎日となれば、溶融塩のないナチュラルチーズを選ぶ理由が積み上がります。
■ 成分表が測っていないもの
この連載で何度も出てきた形です。第2回のダイオキシンは定量下限の扱いで数値が変わり、第3回の栄養素は重量変化率を補正しないと見かけの増加が出て、第4回の玄米の食物繊維は分析法が古いままで白米より少なく見え、ここではリンの有機と無機が区別されていない。
成分表は、測ったものを載せる。測っていないものは載らない。数字を使うときは、その数字が何を測って何を測っていないかを、いつも一段確かめる必要があります。
■ 一膳の整理
鮭2切れ、玄米(押麦を混ぜてもよい)、納豆、卵、ブロッコリー、チーズ20グラム。これで、比率を下回るのはヨウ素だけになり、ヨウ素は海藻を足すか足さないかを個別に判断する。食塩は生の食材では0.4グラムですが、塩紅鮭と納豆のたれと醤油で3〜4グラムになります。この膳の食塩は、食材ではなく調味料で決まります。
□ 缶詰の話と、連載を通しての整理
鯖缶をはじめとする魚の缶詰について、二つの論点を調べました。

■ 缶の内面コーティング
缶の内面塗装にはビスフェノールAを原料とするエポキシ樹脂が使われてきました。日本では1990年代後半に缶メーカーが低ビスフェノールA樹脂やPETフィルムに切り替え、移行量の自主基準を設けたことが国立医薬品食品衛生研究所の報告に記されています。★2[2]
国産缶については20年以上前に対策が入っています。輸入缶詰については同じことが言えるか、確認できていません。
ただ、この分野は規制の側が動いています。欧州食品安全機関は2023年にビスフェノールAの指針値を従来の2万分の1に引き下げ、これに対しドイツの機関はその1000倍の値を提示して対立しています。根拠とするエンドポイントが異なるためです。★3[3]
どちらの基準を採るかで、同じ測定データが「安全」にも「超過」にもなります。私はここで判断を下しません。判断材料として提示できるのは、根拠の違いという事実だけです。
もう一点。「ビスフェノールAフリー」の缶は、多くの場合ビスフェノールFやSへの置き換えです。台湾の調査では、代替物質のほうがビスフェノールAより高値でした。★3[4]
ラベルが消えても実体が残る、という構図です。
■ ヒスタミン
第2回で触れたヒスタミンは、缶詰でも起こりえます。テヘラン市場の缶詰60検体では、18.3パーセントが米国の基準を超えていました。★2[5]
ヒスタミンは耐熱性で、缶詰の加熱殺菌でも分解しません。缶詰にする前の原料の温度管理で決まります。消費者側で打てる手はなく、製造者の信頼性で選ぶしかありません。日本の鯖缶で実際に事例があったかは、今回は確認できていません。
■ 鯖缶についての私の整理
国産缶のコーティングは対策済み、ヒスタミンは製造前の問題、そして毎日食べるなら律速は食塩。第3回の紅鮭とまったく同じ構図です。骨ごと食べられるのでカルシウムが入る点は、切り身の鮭にはない利点です。
■ 5回を通して見えてきたこと
鮭を選ぶ理由は、たんぱく質でもアスタキサンチンでもなく、ビタミンDと脂肪酸のほうにありました。
たんぱく質だけが目的なら、粉のほうが安くて速い。アスタキサンチンを期待するなら、量が二桁足りない。汚染物質は、13年前の情報のまま語られていることが多い。味の差は、種ではなく塩蔵の差かもしれない。焼くか茹でるかは、重量変化率で補正すると差の大半が消える。定食を成分表で積算すると、足りないのは意外なところだった。プロテインが腸を悪くするという話は、根拠が一本の小規模試験だった。オメガ3は、サプリと食事で答えが逆だった。抗菌薬の残留は、天然魚のほうが高かった。酸化したサプリは、毒ではなく無効だった。
繰り返し出てきた形がひとつあります。試験管や血液の中の指標では差がつくのに、人の体で起きる結果では差がつかない。あるいは、名指しされているものと、実際に効いているものが違う。栄養の話を読むときに、この二つを疑ってみると、かなりの主張が一段落ち着いて見えると思います。
■ 分かっていないこと

紅鮭と銀鮭を直接比較した汚染物質データは1本、宮城産養殖銀鮭の成分データはゼロ、魚のDIAASそのものの値は不明(消化率は高く安定と判明)、紅鮭のアスタキサンチン含量の査読データはなし、鯖缶の実測データはなし。この連載は、分かっていることと同じくらい、分かっていないことを書く連載でした。

紹介した研究の多くは健康な若年から中年の成人が対象です。高齢の方や疾患をお持ちの方に同じことが言えるかどうかは別の話になります。

■ 参考文献 [1]Kalantar-Zadeh K, et al. Clin J Am Soc Nephrol. 2010;5(3):519-530. doi:10.2215/CJN.06080809 [2]川村葉子. 国立医薬品食品衛生研究所報告. 2010;(128):17-26. [3]Kortenkamp A, et al. Int J Hyg Environ Health. 2024;255:114293. doi:10.1016/j.ijheh.2023.114293 [4]Chen HC, et al. Ecotoxicol Environ Saf. 2025;307:119401. doi:10.1016/j.ecoenv.2025.119401 [5]Peivasteh-Roudsari L, et al. J Food Prot. 2020;83(1):136-141. doi:10.4315/0362-028X.JFP-19-288
この連載は一般的な情報提供を目的としたもので、特定の食品やサプリメントの効果を保証するものではありません。食事や栄養についてのご相談は、かかりつけの医師や管理栄養士にご相談ください。
