院長のとっておきの話

アドバンス審美/スマイル

院長のとっておきの話 その119 その顔で、笑えるように 歯科医師が考える、見た目と心 序章・第1章

序章 「きれい」には、ものさしがない

■ 鏡の前で

朝、鏡を見て、ため息をついたことはありますか。鼻がもう少し高ければ。目がもう少し大きければ。歯がもう少し白ければ。

スマートフォンを開けば、きれいな顔が次々と流れてきます。自分の顔と見比べて、少し落ち込む。そんな経験は、多くの人にあるはずです。

この連載は、そうした「見た目の悩み」を、少し離れたところから眺めてみる試みです。小説家の言葉から始めて、ある外科医が残した本を読み、たくさんの研究を見ていきます。最後に、歯科医師の立場から口元の話をします。

■ 140年あまり前のロシアで

ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』に、こんな場面があります。長兄のドミートリーが、弟に向かって語るのです。

「美というのは、恐ろしい、おそろしいものだ。恐ろしいのは、定義できないからだ」(『カラマーゾフの兄弟』第3編第3章より。筆者訳)

美しさには、決まった定義がない。だから恐ろしい。ドミートリーはさらに、美をめぐる戦いの舞台は人間の心だ、とも言います。

「そこでは悪魔と神が戦っている。そしてその戦場は、人間の心なのだ」(同じ章より。筆者訳)

この二つの言葉を、いまの時代に置いてみます。定義のない美しさを、私たちは「いいね」の数や、画面に流れてくる顔で埋めようとしているのではないか。そして、顔を変えても変えても満たされないとき、問題は顔ではなく、顔を受け取る心の側にあるのではないか。

■ ある外科医の、最後の言葉

それから130年あまりたった2016年。ブラジルの形成外科医イーヴォ・ピタンギーが、人生の最後に一冊の本を残しました。世界中から患者が訪れた、名の知られた外科医です。

その本の冒頭に、こう書かれています。

「苦しみは外見で測られるものではなく、それが一人ひとりの内側に何を引き起こすかで測られる」(ピタンギー編『形成外科――その広がりへの展望』2016年、謝辞より。筆者訳)

60年にわたって手術を続けてきた外科医が、最後に書いたのは、技術の話ではありませんでした。苦しみは外見ではなく、内側で測られる。小説家と外科医。時代も国も違う二人が、同じ場所を指しています。

■ この連載で考えたいこと

見た目の悩みは、どこから来るのか。変えれば楽になるのか。変えても楽にならないのは、どんなときか。年をとることを、どう受け止めればいいのか。

この連載では、次の順に考えていきます。

第1章 手術の前に、心を診た外科医
第2章 変えて楽になる人、楽にならない人
第3章 噛めない、話しにくい――「見た目」の奥にある口の問題
第4章(前編) 「あの人の鼻」がほしくなるとき
第4章(後編) 横顔の「正解」は、だれが決めたのか
第5章 「いいね」がなくても、自分を認められるか
第6章 隣の国で起きていること――韓国の美容医療
第7章 年をとる顔と、「内側から」の美容
第8章 世界じゅうの「見た目のものさし」 終章 美は世界を救うのか――歯科医師から、最後に

次の第1章では、ピタンギーが残した本を、もう少しゆっくり読んでみます。手術の前に、彼は患者に何を尋ねていたのでしょうか。

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第1章 手術の前に、心を診た外科医

■ もしも、相談に行ったら

もし美容外科の相談に行ったら、何を聞かれるでしょう。どこを、どう変えたいですか。多くの人が、そう想像するのではないでしょうか。

けれど、序章に出てきた外科医ピタンギーの本には、その前に尋ねるべきことが書かれています。なぜ、変えたいのか。変わったら、何が起きると思っているのか。この章では、その本を読んでいきます。

■ ピタンギーという人

イーヴォ・ピタンギーは、ブラジルを代表する形成外科医です。1963年にリオデジャネイロで自分のクリニックを開き、世界中から患者が訪れました。

その一方で、慈善病院でも長く働きました。費用を払えない人の再建手術と、若い外科医の教育を続けたのです。2016年8月、リオ五輪の聖火リレーで車椅子のまま聖火を運び、翌日に亡くなりました。

人類学者アレクサンダー・エドモンズによると、ピタンギーは「形成外科医は、メスを手にした心理学者である」と言っていました。本当に癒やすべきなのは、身体ではなく心だ、という考えです。

では、実際の診療で、心をどう扱っていたのでしょうか。手がかりは、序章で紹介した最後の本『形成外科――その広がりへの展望』(2016年)にあります。ここからは「ピタンギーの本」と呼びます。謝辞と序文はピタンギー一人の署名ですが、各章のほとんどは弟子たちとの共著です。

■ 目指したのは、美しさではなく均衡

ピタンギーは序文で、自分の形成外科の目的をこう書いています。

「……身体と精神、感情と理性の均衡を目指すのである。そうして患者に内なる均衡が戻り、自分の姿に満足し、自分の属する社会の中に溶け込めるようになる」(ピタンギーの本、序文より。筆者訳)

目標は「美しくなること」ではありません。心と身体のつり合いを取り戻し、社会の中で生きやすくなることです。手術はそのための手段の一つにすぎない、と読める一文です。

■ 「きれいになりたい」には、2つある

顔の若返りの手術を扱った章に、こんな一文があります。

「しかし、虚栄心を競争の産物とみなすべきではない。一人の人間として自分を大切にするための、各人の必要とみなすべきである」(ピタンギーの本、共著の章より。筆者訳)

同じ「きれいになりたい」にも、2つの種類があるようです。他人との競争や比較から生まれる虚栄心と、自分を一人の人間として大切にしたいという気持ちです。

前の方は価値の根拠を他人の評価に、後の方は自分の内側に置いています。この違いは、「いいね」がなくても自分を認められるかを考える第5章で、もう一度出てきます。

■ 手術の前に、「なぜ」と尋ねる

同じ章には、手術の前に外科医がすべきことも書かれています。

まず、患者がなぜ手術を受けたいのかを、詳しく尋ねる。期待が現実の範囲に収まっているかを確かめる。人格障害などの心の問題の兆しがないかを探す。兆しがあれば、精神科医や心理士など、心の専門家による評価が必要になる。

さらに、醜形恐怖については、「一般に手術による修正の禁忌である」と書かれています。醜形恐怖は、いまの呼び名では身体醜形障害。他人には分からないほどの外見の欠点が頭から離れず、生活に支障が出る状態のことです。以下、「身体醜形症」と呼びます。禁忌とは、その治療を行ってはならない、という意味です。

「メスを手にした心理学者」は、ただの比喩ではなかったようです。メスを握る前に、まず心理学者のように問いかける。必要なら、心の専門家に評価を委ねる。それが、この本に書かれた手順でした。

■ 年をとることを受け入れている人ほど

同じページには、こんな2文もあります。

「美容外科の目標は、永遠の若さを与えることではなく、一人ひとりの患者にふさわしい形で外見を変えることである。自分の年齢を受け入れている人ほど、形成外科の結果をよく受け入れる」(ピタンギーの本、共著の章より。筆者訳)

外科医の技術は顔を変えられても、その顔を受け取る心までは作れない。そう読める2文です。年齢という変えられない現実を受け入れている人ほど、変わった顔も自分のものとして受け取りやすい。本はそう述べています。

変わった顔を受け入れるのは、本人の心。この連載で何度も戻ってくる考えです。

■ 人生まで変わると期待する人

鼻の形を整える手術の章には、こんな注意があります。

「望む鼻について先入観を持って来院する患者や、手術によって顔だけでなく人生そのものが魔法のように変わることを期待する患者には、鼻形成の適応を慎重に判断する必要がある」(ピタンギーの本、共著の章より。筆者訳)

「鼻形成」は鼻の形を整える手術、「適応」はその手術がふさわしいかどうか、という意味です。

「望む鼻」をあらかじめ決めて来る。誰かの鼻という部品から出発し、その部品が人生を変えてくれると期待する。この姿は、「あの人の鼻」がほしくなる気持ちを扱う第4章(前編)に通じます。ピタンギーたちは、こうした患者にこそ、心理的な支援を常に考えるべきだと書いています。

■ 虚栄心ではない人

一方で、ピタンギーは外見の悩みを、すべて心の問題として扱っていたわけではありません。乳房を小さくする手術の章(ピタンギー一人の執筆)に、その姿勢が表れています。

ピタンギーはこの章で、自分が手術した患者のおよそ3人に1人が、乳房の変形に関わる心の問題を抱えていたと書き、こう続けます。

「強調しておかなければならないのは、これらの患者は単に虚栄心が強いのではなく、身体の輪郭のイメージが大きく変化しているということだ」(ピタンギーの本より。筆者訳)

この章には、大きすぎる乳房が姿勢や呼吸、皮膚に負担をかけることも詳しく書かれています。身体の働きの問題が心にも影を落としている場合を、この章は虚栄心とは別のものとして扱っているのです。似た構図は、噛めない、話しにくいという口の問題を扱う第3章でも見ていきます。

■ いまの研究は、何を示しているか

ピタンギーの本に書かれているのは、長い経験を積んだ一人の外科医の考えです。では、いまの研究は、それをどこまで裏づけているでしょうか。

まず、身体醜形症の人が、どのくらいの割合でいるかです。さまざまな場所での割合を推定した、たくさんの研究をまとめた報告があります。一般の人ではおよそ2%でしたが、美容外科を受診した人では13%あまりでした。

矯正歯科や審美的な歯科治療を受診した人でも、およそ5%と推定されています。外見を変える医療の窓口には、一般よりも多く身体醜形症の人が訪れているようです。ただし、これは限られた研究からの推定値です。

次に、本に書かれた手順を、いまの病院で実際に行った研究があります。ロンドンのある病院で、鼻の手術を考えていた人たちに質問票でチェックをし、身体醜形症の可能性が高いと出た人を心理士が評価しました。その結果、何人かは手術に適さないと判断され、心理療法が提案されました。

この手順で、手術に適さない人が実際に見つかったわけです。ただし、1つの病院での少人数の研究です。ほかの病院でも同じ結果になるかは分かりません。

一方で、手術前の心の状態と、手術後の満足度の関係は単純ではありません。美容外科全般について、多くの研究をまとめた報告があります。手術前の心の症状と満足度の低さが関連していた研究と、関連していなかった研究が、ほぼ同じ数あり、結果は一貫していませんでした。

鼻の手術に限った別の報告では、結果が一貫していました。手術前に心の問題を抱えていた人は、手術が技術的にうまくいっていても、満足度が低かったのです。

心の状態が手術の満足を左右するという本の見方は、鼻の手術についてはいまのデータと合っています。しかし、すべての手術に一律に当てはまるとまでは、いまは言えません。

そして、身体醜形症そのものには、手術ではない治療法があります。参加者をくじ引きのように分けて比べた試験13件、計700人近くの結果をまとめた分析があります。

認知行動療法(考え方や行動のくせに働きかける心理療法)などで、身体醜形症の重さは改善し、症状がほぼおさまる人の割合も高まりました。ただし、比べた相手は治療を受けていない人たちだったため、効果は大きめに出ている可能性があります。外見の悩みの中には、手術ではなく心理的な治療で軽くなるものがある、ということです。

■ ピタンギーの思想の影

ピタンギーは「貧しい人にも美しくなる権利がある」と語り、慈善病院で多くの手術を行いました。

けれど、この考え方には批判的な見方もあります。ブラジルの美容医療を研究した人類学者アルバロ・ジャリンは、ピタンギーが作った「美の慈善」というモデルを批判しています。このモデルには、美しさが社会で上に行く扉を開く、という考えが含まれている。その裏には、醜さを貧しさと、美しさを豊かさと結びつける前提が、暗に潜んでいるというのです。

細い鼻やまっすぐな髪が「上昇する資格」の印になる社会があります。そこでは外見の手術が、個人を救うと同時に、美の序列を固定する働きもしてしまう。これがジャリンの批判です。

この指摘に従えば、一人の外科医の仕事の中に、2つのものが同居していたことになります。外見を変えて心を救おうとする思想と、外見による序列をそのまま認めてしまう仕組みです。序章で見たドミートリーの言葉を借りれば、美をめぐる「戦場」は、患者の心の中だけでなく、美を扱う医療の側にもあるのかもしれません。

■ 手術の前の、3つの問い

ピタンギーの本を整理すると、手術の前の3つの問いが浮かび上がります。なぜ、変えたいのか。変わったら、何が起きると期待しているのか。変えられない自分、たとえば年齢を、受け入れられているか。

本の立場に立てば、これらの問いへの答えは、どれも患者の内側にあります。その答え次第で、同じ「外見を変えたい」という希望が、手術で楽になる希望にも、楽にならない希望にもなるのでしょう。

この章では、ピタンギーの本が、手術の前に動機を問い、必要なら心の専門家に委ねる手順を示していたことを見てきました。いまの研究は、その一部を裏づける一方で、すべての手術に当てはまるとまでは言えないことも示しています。次の第2章では、この分かれ道を見ていきます。変えて楽になる人と、楽にならない人の違いは、どこにあるのでしょうか。

歯科医師 青山達也

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■ 参考文献

[一次資料] Pitanguy I(編). Cirurgia Plástica – Uma Visão de Sua Amplitude. São Paulo: Editora Atheneu; 2016.  謝辞・序文(ピタンギー単独署名)、第5章 Cirurgia de Rejuvenescimento da Face(Pitanguy I, Machado BHB)p.79–80、第9章 Rinoplastia Primária(Pitanguy I, Machado BHB)p.181、第14章 Mama Redutora(Pitanguy I)p.356。★1(専門家の意見)

Dostoevsky FM. Братья Карамазовы. Часть 1, Книга 3, Глава III «Исповедь горячего сердца. В стихах». 本文は azbyka.ru 掲載版で確認(パブリックドメイン)。日本語は筆者訳。

[二次資料] Edmonds A. A Right to Beauty. Anthropology Now.(「メスを手にした心理学者」の言及、クリニック勤務の心理士への取材) Jarrín A の研究についての書評. Revista Pesquisa FAPESP. 2024年5月号(339号).

[論文] Veale D, Gledhill LJ, Christodoulou P, Hodsoll J. Body dysmorphic disorder in different settings: a systematic review and estimated weighted prevalence. Body Image. 2016;18:168-86. ★3 DOI: 10.1016/j.bodyim.2016.07.003

Joseph J, Randhawa P, Hannan SA, et al. Body dysmorphic disorder in patients undergoing septorhinoplasty surgery: should we be performing routine screening? Clin Otolaryngol. 2017;42(3):508-513. ★2 DOI: 10.1111/coa.12752

Hogea L, Bernad B, Marinca A, et al. Psychological Disorder and Patient Satisfaction in Aesthetic Surgery: A Systematic Review. Medicina (Kaunas). 2026;62(2):389. ★3 DOI: 10.3390/medicina62020389

Nagy KK, Cushman CJ, Selby M, et al. Psychosocial Factors Surrounding Aesthetic Rhinoplasty: A Systematic Review. Plast Reconstr Surg Glob Open. 2026;14(1):e7372. ★3 DOI: 10.1097/GOX.0000000000007372

Ko YC, Lee CH, Wu CS, Huang YJ. Efficacy and safety of cognitive and behavioral interventions in treating body dysmorphic disorder: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Gen Hosp Psychiatry. 2025;98:41-49. ★4(対照は介入を受けない群のため、効果量は大きめに出ている可能性あり) DOI: 10.1016/j.genhosppsych.2025.11.013

院長紹介

院長

Tatsuya Aoyama

皆さま、こんにちは。私たちの歯科医院では、患者さま一人ひとりに寄り添い、最適な治療を提供することを目指しています。
精密な技術と設備を活用し、痛みの少ない治療を心掛けています。また、審美治療やインプラント、メインテナンス、訪問診療、抗加齢医学的栄養療法など、幅広いニーズに対応できる専門的なケアを提供しております。皆さまの笑顔を守り、健康的で美しい歯を維持するお手伝いをさせていただきます。お気軽にご相談ください。

略歴

H6年3月
宮崎県立延岡高校卒業
H12年4月
国立徳島大学 歯学部歯学科卒業
H12年5月
歯科医師免許証取得
H12-15年
インプラントセンター、予防歯科医院など3件で勤務
H15年7月
瑞の木会 ローズタウン歯科入社
H22年2月
ローズタウン歯科クリニック 継承
H31年4月
医療法人 地天泰 理事長 就任

所属

  • 日本歯周病学会(歯周病)
  • 日本口腔インプラント学会(インプラント)
  • 日本顕微鏡歯科学会(マイクロスコープ)
  • International Team for Implantology(ITI) member(インプラント)
  • 日本抗加齢医学会(アンチエイジング)
  • 日本分子状水素医学生物学会(アンチエイジング)
  • 日本アライナー矯正歯科研究会(マウスピース矯正)
  • Er-YAGレーザー臨床研究会(レーザー)
  • 日本口腔検査学会
  • 浦安市歯科医師会
  • 千葉県歯科医師会
  • 日本歯科医師会
  • 学校歯科医会

資格

歯科医師、日本抗加齢医学会専門医、ITIセクションジャパンインプラントスペシャリスト認定医