ブログ
歯周病を放置するリスク 唾液を介した細菌伝播
はじめに
「歯ぐきから血が出るけど、痛くもないし忙しいから歯医者はまた今度…」と、つい歯周病を後回しにしていませんか?
実は歯周病(歯肉炎・歯周炎)は、お口の中だけの問題ではありません。放置すると全身の健康に影響を及ぼし、パートナーへの細菌感染リスクも高まることが分かっています[1,2]。ここでは過去10年程度の研究を参考に、歯周病を放置することによる健康への弊害、パートナーへの感染リスク、そして定期メインテナンスを受けている場合と受けていない場合の歯周病菌数の違いについてわかりやすくまとめます。忙しい方もぜひ最後まで読んで、ご自身と大切な人の健康を守るためのきっかけにしてください。
歯周病とは何か
歯周病は、歯と歯ぐきの境目(歯周ポケット)に溜まったプラーク(歯垢)の中の細菌が原因で歯ぐきが炎症を起こし、進行すると歯を支える骨まで破壊してしまう病気です。初期の歯肉炎では、歯ぐきの腫れや出血などの症状があっても痛みはあまり感じません。しかし、放置して歯周炎へ進行すると、歯がぐらつき、最終的には歯が抜け落ちてしまうこともあります[1]。
歯周病は「沈黙の病」とも呼ばれ、自覚症状が出にくいために見過ごされがちです。しかし、決して軽視できない病気です。次章では、その理由の一つである全身への悪影響についてお伝えします。
歯周病を放置すると全身に及ぶ悪影響
全身疾患との関連
歯周病は歯ぐきや骨の問題だけでなく、慢性的な炎症が全身に波及してさまざまな疾患リスクを高める可能性があると報告されています[2-4]。具体的には以下のような関連が指摘されています。
- 心血管疾患: 歯周病菌や炎症物質が血管を介して心臓や血管に影響を及ぼし、動脈硬化や冠動脈疾患(狭心症・心筋梗塞など)のリスクを高める[5]。
- 脳卒中: 歯周病を放置すると、脳の血管にもダメージを及ぼし、脳梗塞などを起こすリスクが高まる[6]。
- 糖尿病: 歯周病と糖尿病は「相互に影響し合う」関係にあり、重度の歯周病があると血糖コントロールが悪化し、糖尿病によって歯周病も進行しやすくなる[7]。
- その他の疾患: メタボリックシンドロームや肥満、リウマチなどの自己免疫疾患、アルツハイマー病などの認知症、一部のがん、早産・低体重児出産といった妊娠合併症との関連も指摘されている[2,8]。
一部の報告では、「歯周病は約60種類もの全身疾患に関連する」とも言われます[2]。痛みがないからといって放置していると、思わぬところで健康をむしばんでいるかもしれません。
歯周病を治療すると全身が改善する可能性
歯周病は進行すると歯の喪失を招くと同時に、全身の健康も損なう恐れがあります。しかし、治療と予防ケアにより、歯ぐきの状態が改善するだけでなく、糖尿病などの一部の全身疾患リスクが低下する可能性も示唆されています[7,9]。歯周治療をきちんと受けることで、歯の寿命だけでなく、将来の健康リスクを下げるメリットが期待できるのです。
パートナーへ歯周病菌はうつるのか?
唾液を介した細菌伝播
「歯周病は人にうつる病気なの?」と疑問に思う方も多いでしょう。正確には、歯周病という“病気”が直接うつるわけではありませんが、歯周病の原因菌が唾液を介して他者に移動することは研究から明らかになっています[10,11]。そのため、親密なキスや食器の共有などによって、お互いの口腔内の細菌が行き来し、結果的にパートナーや家族の口腔内に悪玉菌が増えるリスクを高めることがあります。
夫婦・カップル間の口腔内細菌の類似
オランダの研究では、約10秒間のディープキスで平均8000万個もの細菌が相手に移動する可能性があると報告され、実際にパートナー同士は他人同士よりも口腔内細菌の種類が似通っていたそうです[11]。
なかでも歯周病の主要な原因菌の一つであるP. gingivalisなどはパートナー間で同時に検出されることが多いとされ、家族内で一人がこの菌を持っていると、他の家族も検出率が上がるという報告もあります[10,12]。もちろん、菌が移ったからといって必ず歯周病が発症・進行するわけではありませんが、歯周病を放置して菌を増やした状態でいると、相手のリスクも高める恐れがあるのです。
定期メインテナンスで差がつく歯周病菌数
メインテナンスを受ける人と受けない人の差
歯周病の治療後、定期的に歯科医院でメインテナンス(定期健診・プロのクリーニング)を受けているかどうかで、歯周病菌の数や再発率に大きな差が生じます[13]。
ある6年間の前向き臨床研究によれば、治療後に定期メインテナンスを受け続けたグループは、歯周ポケット内の細菌レベルが低く抑えられ、歯を失う本数も明らかに少なかったのに対し、メインテナンスを怠ったグループでは有害な歯周病菌が著しく増加し、最終的に歯周病が再燃・悪化するケースが多くみられました[13]。
メインテナンスの役割
定期メインテナンスでは、歯科衛生士や歯科医師が専用器具を使って歯と歯ぐきの境目についたプラークや歯石を念入りに除去します。これにより歯周ポケット内の細菌数がリセットされ、歯周病菌の再増殖を抑えることができるのです[14]。
一方、自己流のケアだけで放置すると、歯ブラシが届きにくい部分に汚れが溜まって炎症が慢性化し、歯周病菌がどんどん増えてしまいます。特に、奥歯や歯並びが悪い部分などは要注意。感染が進行すると、そこから血液に乗って全身に悪影響を及ぼすリスクも指摘されます[2,3]。
忙しい人でも始められる一歩
「通わなければと思いつつ、忙しくて歯医者に行く時間がない」という方も、最初は3~6ヶ月に一度のペースを目標にしてみてください。痛みが出たり、大きな治療が必要になったりしてからでは、時間や費用の負担がかえって大きくなる場合もあります。
定期メインテナンスを受ければ、虫歯や歯周病だけでなく、かみ合わせや詰め物・被せ物の不具合なども早期に発見できます。結果的に、将来的な医療費の抑制やトータルの通院回数の削減にもつながるでしょう[14]。
まとめ:今日からできる行動
- 歯ぐきのチェックを習慣にする
- 毎日歯を磨くときに歯ぐきの腫れや出血、色の変化などがないかを観察しましょう。
- 定期的に歯科医院へ行く
- 少なくとも半年に一度、プロによるクリーニングとチェックを受けることで歯周病菌の増殖を防ぎ、歯周病の再発リスクを低減できます。
- 家族やパートナーと一緒に受診を促す
- 歯周病菌は唾液を介して伝播し、相手にもリスクを広げる恐れがあります。身近な人の健康にも配慮し、お互いの歯ぐきの状態を気にかけましょう。
- セルフケアを見直す
- 歯ブラシの当て方やデンタルフロス・歯間ブラシの使用方法など、プロに習って効率的なセルフケアを行いましょう。
歯周病は痛みがなく進行する分、気づいたときにはかなり深刻になっていることも珍しくありません。しかし、定期メインテナンスを中心とした適切なケアを行えば、お口の健康を維持しながら全身のリスクを下げることもできます。ぜひ今日から一歩踏み出し、歯科医院での検診やクリーニングを検討してみてください。
歯周病は周囲に大きく影響を及ぼし、全身の健康にも深くかかわる病気です。痛みがなくても油断せず、定期メインテナンスで予防・管理し、健やかな生活を送れるよう心がけましょう。忙しい方こそ、ぜひ早めの歯科受診とケア習慣の見直しをおすすめします。
参考文献
- Romandini M, Baima G, et al. Periodontitis, edentulism, and risk of mortality: A systematic review with meta-analyses. J Dent Res. 2021;100(1):37–49.
- Linden GJ, Herzberg MC. Periodontitis and systemic diseases: A record of discussions of working group 4 of the joint EFP/AAP workshop on periodontitis and systemic diseases. J Periodontol. 2013;84(Suppl 4):S20–S23.
- Bahekar AA, Singh S, et al. The association between periodontal disease and coronary heart disease: A meta-analysis. J Gen Intern Med. 2007;23(12):2079–2086.
- Lafon A, Pereira B, et al. Periodontal disease and stroke: A meta-analysis of cohort studies. Eur J Neurol. 2014;21(8):1155–1161.
- Kholy KE, Genco RJ, Van Dyke TE. Oral infections and cardiovascular disease. Trends Endocrinol Metab. 2015;26(6):315–321.
- Lee YL, Hu HY, et al. Dental prophylaxis and periodontal treatment are protective factors to ischemic stroke. Stroke. 2013;44(4):1026–1030.
- Sanz M, et al. Treatment of periodontitis improves the glycaemic control of diabetic patients: A meta-analysis. J Clin Periodontol. 2018;45(2):107–124.
- Genco RJ, Borgnakke WS. Risk factors for periodontal disease. Periodontol 2000. 2013;62(1):59–94.
- Chapple ILC, Genco R. Diabetes and periodontal diseases: Consensus report of the joint EFP/AAP workshop on periodontitis and systemic diseases. J Periodontol. 2013;84(Suppl 4):S106–S112.
- Papapanou PN, Sanz M, et al. Periodontal and gingival health and diseases: Definition and epidemiology. Periodontol 2000. 2018;78(1):7–12.
- Remco F, Winfried JF, et al. Shaping the oral microbiota through intimate kissing. Microbiome. 2014;2:41.
- Asikainen S, Chen C, et al. Can one acquire periodontal bacteria and periodontitis from a family member? J Am Dent Assoc. 1997;128(9):1263–1271.
- Costa FO, Cota LOM, et al. Effect of compliance during periodontal maintenance therapy on periodontitis-associated bacterial levels: A 6-year prospective study. J Periodontol. 2018;89(5):519–530.
- Van Dyke TE, Dave S. Risk factors for periodontitis. J Int Acad Periodontol. 2005;7(1):3–17.