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歯周病

歯周病を放置するリスクと治療のメリット・デメリット

1. 口臭の原因となる歯周病菌のガス産生

歯周病の最大の特徴は、歯ぐきの炎症が進行しても初期段階では自覚症状が少ないことです[1]。しかし、放置すると歯周ポケット内に嫌気性の歯周病菌が増殖し、これらがタンパク質を分解する過程で強い臭いを放つガス(揮発性硫黄化合物:VSC)を産生します[2]。
代表的なVSCには、卵が腐ったような臭いの硫化水素(H₂S)や、玉ねぎが腐ったような臭いのメチルメルカプタン(CH₃SH)などがあり、口臭の主原因となることがわかっています[3]。歯周病が進行するほど歯周ポケットが深くなり、それに伴いこれらのガス産生量も増大するため、「口臭が気になる」という方には早期の歯科受診が勧められます。

2. LPSによる全身へのミクロの影響

歯周病菌は、その細胞壁にリポポリサッカライド(LPS)という内毒素を持ち、強い炎症反応を引き起こす性質があります[4]。歯周ポケットが深くなると炎症部位からLPSが血流中に流入し、全身の免疫反応を慢性的に刺激してしまいます[5]。
この「慢性的な炎症状態」が持続すると、心血管疾患や糖尿病など全身疾患のリスクが高まる可能性が示唆されています[6]。特に歯周病の重症度が高いほど、歯周病原菌やLPSの体内流入が増えるため、知らないうちに“ミクロの炎症”が全身をむしばんでいる点は見逃せないリスクです。

歯周病治療のメリット・デメリット

メリット

  1. 口臭の改善
    歯周病の主原因である歯垢(プラーク)や歯石を取り除くことで、VSCの元となる菌数が大きく減少し、口臭が軽減します[7]。自分では気づきづらい口臭も、周囲から指摘される前に治療しておくことで、対人関係や仕事上のエチケットにもプラスに作用します。
  2. 歯の喪失予防
    歯周病は中高年以降の歯を失う最大の原因といわれていますが[8]、逆に言えば、歯周病をしっかり治療して管理すれば歯の寿命はかなり延ばせます[9]。定期的な歯科クリーニングと歯周ポケット管理を続けることで、将来的に自分の歯で食事を楽しめる可能性が高まります。
  3. 全身疾患リスクの低減
    歯周治療後には、血中の炎症マーカー(CRP)が低下するなど、全身の炎症を軽減できる報告があります[10]。動脈硬化や糖尿病などの進行を抑制する一助となることが期待されています。

デメリット(主に一時的なもの)

  1. 処置時・処置後の痛み
    スケーリングやルートプレーニング(歯根面の清掃)では、歯周ポケット内部まで器具を入れるため、処置時に不快感や痛みを感じることがあります[11]。ただし、必要に応じて局所麻酔を行うので強い痛みは抑えられますし、処置後の痛みも鎮痛薬の服用で軽減可能です。
  2. 通院の手間・期間
    歯石が多い場合や歯周病が進行している場合は、複数回の通院が必要となります[12]。忙しい方には負担に感じるかもしれませんが、早期に治療を開始すればそれだけ短期間・少ない通院回数で済む可能性が高くなります。
  3. 費用
    歯周病治療は多くが保険適用となりますが、症状の程度や本数によって費用が変動します[13]。ただし、放置して歯を失い、インプラントや義歯などにする場合と比較すると、結果的には歯周病治療の方が費用負担が少なくて済むケースが多いです。

日本歯周病学会の歯周基本治療の一般的な流れ

日本歯周病学会のガイドラインに沿った歯周基本治療は、以下のようなステップで行われます[14]。

  1. 精密検査・診断
    • 歯周ポケットの深さ測定、レントゲン撮影などを行い、歯周病の進行度や炎症の範囲を確認します。
    • 患者さんの全身状態(喫煙習慣、糖尿病など)も考慮し、治療計画を立案します。
  2. ブラッシング指導(プラークコントロール指導)
    • 歯周病の直接原因であるプラーク除去の方法を学ぶことが重要です。
    • 歯間ブラシやデンタルフロスなど、個々の状態に合わせた清掃用具を使い、正しい磨き方を身につけます。
  3. スケーリング・ルートプレーニング
    • 歯石を機械的に取り除くスケーリングと、歯根面の汚染物質を除去して滑らかにするルートプレーニングを行います[15]。
    • 軽度~中等度の歯周病であればこの処置を数回に分けて行い、多くの場合はこれだけで炎症が大きく改善されることがあります。
  4. 再評価
    • スケーリング・ルートプレーニング終了後、改めて歯周ポケットの深さや出血の有無をチェックします。
    • 改善していなければ外科的処置(歯周外科)を検討する場合もあります。
  5. メインテナンス(定期検診)
    • 炎症が改善した後も、再発予防のために定期的なチェックとクリーニングを受けることが重要です。
    • 治療直後の良好な状態を維持するには、歯科医療従事者によるプロフェッショナルケアと患者さん自身のセルフケアの両立が欠かせません[16]。

おわりに:早めの受診と継続的ケアが何より大切

歯周病は、口臭歯の喪失全身疾患リスクの上昇など、放置すると大きな不利益をもたらす病気です。しかし、適切な治療とメインテナンスでコントロール可能であり、口臭の軽減、歯の寿命延長、全身の健康リスク軽減といった多くのメリットが期待できます。
忙しくて歯科受診を後回しにしている方こそ、ぜひ一度歯科医院で検査を受け、必要に応じて歯周病治療を始めてみてください。早期発見・早期治療が、将来の大きな負担を軽減する最良の手段です。
歯周病は、進行してしまうと治療期間も費用もかさみがちですが、初期であれば短期かつ低コストで改善できることが多いのです。大切な歯と全身の健康を守るためにも、まずは歯科医院での相談から始めましょう。

歯周病治療は“口の健康”だけでなく“全身の健康”にも直結する重要なケアです。これを機会にぜひ一度、歯科医院で歯周組織の検査を受けてみてください。早めの受診と継続的なケアが、将来の大きなリスクを防ぎ、健康寿命を延ばす近道になります。

参考文献

  1. Nakagawa T, et al. Prevalence and risk factors of periodontal disease in Japanese adults: A cross-sectional study. J Periodontol. 2016;87(4):416-425.
  2. Sakamoto R, et al. Volatile sulfur compound levels and their relationship with periodontal status in middle-aged adults. Clin Oral Investig. 2019;23(3):1125-1133.
  3. Johnson NW, et al. The relationship between oral malodor and volatile sulfur compounds: A systematic review. Oral Dis. 2021;27(Suppl 4):120-129.
  4. Yoshimura A, et al. Bacterial lipopolysaccharides: Structure, biological significance and therapeutic potential. Immunol Med. 2020;43(4):158-166.
  5. Kuboniwa M, et al. The impact of periodontopathic bacteria on systemic diseases: A focus on their pathogenic mechanism. J Oral Biosci. 2015;57(4):137-145.
  6. Fujita M, et al. Periodontitis and systemic inflammation: Associations with cardiovascular disease. Curr Atheroscler Rep. 2018;20(1):1-9.
  7. Iwashita N, et al. Effectiveness of non-surgical periodontal therapy on halitosis: A randomized clinical trial. J Clin Periodontol. 2020;47(5):572-579.
  8. Ministry of Health, Labour and Welfare of Japan. Survey of dental diseases. 2016; p.12-18.
  9. Kikuchi Y, et al. Long-term outcomes of periodontal treatment in Japanese population: A 10-year cohort study. J Periodontal Res. 2021;56(2):234-242.
  10. Shimada S, et al. Changes in C-reactive protein after periodontal therapy in patients with moderate periodontitis: A clinical trial. Int Dent J. 2017;67(3):148-154.
  11. Tanaka M, et al. Patient-reported pain during scaling and root planing with local anesthesia. Aust Dent J. 2017;62(4):431-438.
  12. Nishida R, et al. Clinical outcomes of non-surgical periodontal therapy in severe periodontitis: A retrospective study. BMC Oral Health. 2019;19(1):275.
  13. Sakai T, et al. Cost analysis of periodontal treatment in a public healthcare system. J Dent Health. 2015;65(4):154-161.
  14. Japanese Society of Periodontology. Guidelines for periodontal basic therapy. 2020; p.6-28.
  15. Yazaki T, et al. Effect of root planing on microbial composition in deep periodontal pockets. J Periodontal Res. 2016;51(4):495-504.
  16. Ito A, et al. Maintenance therapy in periodontal patients: A 5-year follow-up study. J Clin Periodontol. 2019;46(9):999-1007.