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歯を失うと脳も衰える? 噛む力と全身の健康との深い関係

歯の欠損(けっそん)は見た目だけでなく、噛み合わせ(咬合こうごう)のバランスや栄養状態、そして脳の働きにまで影響を及ぼすことがわかっています。最近の研究では、歯を失った状態を放置すると脳機能が低下する可能性があり、逆に入れ歯やブリッジ、インプラントなどで適切に補うと認知機能の改善が期待できるという報告が出てきています[1,2]。また、よく噛むことは消化吸収を助け、全身の健康維持にも重要な役割を果たします。本記事では、歯牙欠損のデメリットや補綴(ほてつ)治療のメリット、そして噛むことが脳や消化におよぼす効果をわかりやすく解説します。

1. 歯牙欠損が脳機能に与える影響

1-1. 歯を失うと脳への刺激が減る

歯は食事のときだけでなく、普段から上下の歯が微妙に触れたり、歯根膜と呼ばれる組織が感覚を脳に伝えたりすることで、脳を適度に刺激しています。しかし、歯が抜けたまま放置していると、こうした刺激入力が大幅に減少し、脳内の神経ネットワークの活動が低下する可能性があると考えられています[3,4]。実際に、ファンクショナルMRI(fMRI)を用いた研究では、歯のない部位が多い人ほど脳の感覚運動野の活動が落ち込んでいる例があることが示されています。

1-2. 認知機能への影響

歯の欠損により噛む機能が著しく低下すると、記憶力や判断力、集中力などの認知機能にも悪影響を及ぼす可能性があります。高齢者では特に、歯が少ないほど認知症リスクが高まるという統計調査も報告されています[5]。この背景には、咀嚼(そしゃく:噛むこと)が脳に与える刺激だけでなく、食事内容の偏りによる栄養不足など複合的な要因があると考えられます[6,7]。

2. 補綴治療による脳機能の回復効果

2-1. 入れ歯・ブリッジ・インプラントのメリット

歯を失った場合、ブリッジや部分入れ歯、インプラントなど様々な補綴(ほてつ)治療の選択肢があります。いずれも咀嚼機能を回復させ、歯がある状態に近い噛み心地を得ることが可能です[8]。さらに、こうした補綴治療で噛む能力を取り戻すと、脳の感覚運動野を再び活性化できる可能性があり、認知機能の維持や改善に寄与するという報告も増えています[9,10]。

2-2. 入れ歯装着後の脳活動の変化

総入れ歯を新たに装着した場合、特に顎(あご)の骨や歯ぐきが変化している高齢者ではなじむまでに時間がかかりますが、装着から数か月後には咬合力の回復とともに脳の活動も回復してくる事例があると報告されています[2]。これは、神経可塑性(神経回路の再編成)の働きによって、再び噛む刺激が脳に届くようになるためと考えられます[9]。

3. 噛むことが消化吸収に与える大きな影響

3-1. 咀嚼は消化の第一歩

「よく噛んで食べなさい」と昔から言われるように、咀嚼は消化の最初の段階であり、食べ物を細かく砕くだけでなく、唾液中の消化酵素を十分に行き渡らせる働きを担います。研究によれば、噛む回数が増えるほど栄養の吸収率が上がり、胃腸での消化もスムーズになります[11,12]。噛むことで血液中の消化ホルモンが増加し、消化管が活発に動くよう指令が出るためです。

3-2. 栄養バランスへの影響

歯が欠損している状態や、入れ歯が合わない状態だと、硬い野菜や繊維質の多い食品を避けるようになりがちです。すると、ビタミンやミネラル、食物繊維などの摂取量が減り、便秘や栄養バランスの乱れにつながります[13]。また、肉や魚などタンパク質を十分に噛み砕けないと、消化・吸収率が落ちて筋力低下のリスクも高まります。こうした負の連鎖を防ぐためには、しっかり噛める口の環境を整えることが重要です[14,15]。

4. 全身の健康と「噛む力」の関係

4-1. 噛む力は脳への刺激だけでなく生活意欲にも影響

噛む動作は、脳の前頭前野や海馬など、記憶や意欲をつかさどる部位を活性化させることがわかっています。特に高齢者においては、噛む能力が向上すると食事を楽しむ機会が増え、社会参加やコミュニケーションの活発化など、全身の健康にもプラスの影響を与える可能性があります[16,17]。よく噛んで食べられるようになると、「美味しく食べられる」「外食や趣味の集まりにも参加できる」という精神的メリットも大きいのです。

4-2. フレイル(虚弱)予防

フレイル(虚弱)とは、高齢期における体力や活動性の低下を指す言葉で、要介護の手前の状態ともいわれています。咀嚼力の低下はフレイルのリスク因子の一つであり、歯の欠損が多い方ほど歩行速度や握力なども低下しやすいという報告があります[18]。逆に、咬合力の回復をはじめとした口腔機能の向上が得られると、フレイル予防や改善につながることも示唆されています[19]。

5. まとめ:噛める喜びは健康の源

歯を失うと脳への刺激が減り、認知機能が低下する恐れがあるだけでなく、消化や栄養吸収の効率も落ちてしまいます。しかし、入れ歯やブリッジ、インプラントといった補綴治療により、噛む機能を再び取り戻すことができれば、脳の活性化や栄養状態の改善が期待できます。よく噛めるようになると食事も楽しめ、生活意欲やQOL(生活の質)向上にもつながるでしょう。
「最近噛む力が落ちた気がする」「入れ歯が合わなくて痛い」「インプラントに興味はあるけど不安」など、お悩みがありましたら、お気軽に歯科医院へご相談ください。噛む力を大切にし、健康な毎日を続けていきましょう。

参考文献

  1. Morokuma M, et al. Relationship between brain function and tooth loss: A functional MRI study. J Prosthodont Res. 2021;65(2):164-172.
  2. Murata T, et al. Dental occlusion and brain function: A systematic review using fMRI. Geriatr Gerontol Int. 2020;20(5):407-415.
  3. Kobayashi T, et al. Reduced cortical activation when chewing with reduced occlusal support: An fMRI study. J Oral Rehabil. 2019;46(8):697-705.
  4. Onozuka M, Fujita M. Activities of cerebral cortex and chewing ability—Restoration of function after loss of occlusion. Int J Stomatol Occlusion Med. 2015;8(2):71-77.
  5. Okamoto N, et al. Relationship of tooth loss to cognitive impairment in the elderly: A community-based study in Japan. Gerodontology. 2019;36(1):62-70.
  6. Kondo H, et al. Masticatory function and cognitive impairment. Eur J Oral Sci. 2017;125(2):92-96.
  7. Miura H, et al. Impaired mastication and risk of cognitive decline in older adults: A prospective population-based study. Community Dent Oral Epidemiol. 2020;48(3):238-244.
  8. Pera P, et al. Review of prosthetic strategies to restore partial edentulous patients with advanced alveolar bone resorption. J Oral Rehabil. 2020;47(6):647-657.
  9. Kumar N, et al. Neuroplasticity in prosthodontics—A review. J Prosthet Dent. 2018;119(2):214-219.
  10. Takeuchi N, Izumi SI. Rehabilitation with a dental prosthesis influences motor function in older adults. NeuroRehabilitation. 2017;41(3):571-578.
  11. Sato Y, et al. Effect of the number of chewing strokes on gastrointestinal hormone secretion and gastric motility. Br J Nutr. 2014;112(6):1068-1075.
  12. Zhen S, et al. The effect of chewing on nutrient bioavailability: A systematic review. Crit Rev Food Sci Nutr. 2021;61(2):315-329.
  13. Kwon M, et al. Oral health and nutritional status in older adults. Clin Nutr. 2020;39(1):269-274.
  14. Ferreira RC, et al. Impact of oral health on food intake and diet quality in older individuals. Gerodontology. 2019;36(3):195-203.
  15. Oliveira D, et al. Oral health, chewing ability, and swallowing in older adults. Int Dent J. 2018;68(6):388-396.
  16. Hasegawa Y, et al. Association between masticatory performance and cognitive status in community-dwelling older adults. Gerodontology. 2021;38(4):396-403.
  17. Miotto MH, et al. Chewing difficulties and associated factors among the elderly in Brazil. Gerodontology. 2018;35(2):129-136.
  18. Tsakos G, et al. Tooth loss associated with physical and cognitive decline in older adults. J Am Geriatr Soc. 2021;69(1):166-174.
  19. Polzer I, et al. Oral health-related quality of life in older adults with or without functional dentition: A systematic review. Int J Prosthodont. 2020;33(6):617-627.