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虫歯を放置するとどうなる? 早めの治療が大切な理由
虫歯(むしば、齲蝕(うしょく): dental caries)は、世界で最も蔓延している病気の一つといわれています(1)。痛みが出ていないうちは後回しにしがちですが、放置すればするほど症状は進み、健康や生活に深刻な影響を及ぼすことをご存じでしょうか。本記事では「虫歯を放置するリスク」や「早期治療・感染根管治療の費用・時間的コストの比較」などを、ここ10年ほどの研究をもとに解説します。
1. 虫歯を放置することによる弊害
1-1. 健康面への影響(進行度・合併症・全身への波及)
未治療の虫歯は、痛みや感染症を引き起こし、やがて生活全体に支障をきたします(2)。歯の神経(歯髄(しずい))まで虫歯菌が入り込むと、歯髄炎(神経の炎症)が起こり、強い痛みを伴います。さらに進行すると根尖病変(こんせんびょうへん)という膿(うみ)の袋(歯根嚢胞など)を形成し、歯ぐきが腫れるだけでなく、顔全体が痛んだり腫れたりするケースもあります(3,4)。
重度の虫歯では細菌が血流を介して全身へ波及し、蜂窩織炎(ほうかしきえん)や、稀ではありますが心内膜炎、敗血症など命にかかわるリスクが生じる可能性も指摘されています(3)。これはとくに抵抗力の弱いお子さんや高齢者、基礎疾患のある方にとって重大な問題です。実際、小児で虫歯を長期放置した結果、入院治療を余儀なくされた事例も報告されています(3,4)。
1-2. 生活の質(QOL)への影響(痛み・咀嚼機能低下・心理的負担)
虫歯の痛みは慢性的に続く場合もあり、食事や睡眠、仕事、学習に支障をきたします。アメリカCDC(疾病対策センター)の調査でも、口腔内トラブルが子どもの学習成績や欠席日数に悪影響を及ぼすことが示されています(2)。大人にとっても、歯が痛くて集中できない、仕事の生産性が落ちる、人前で思い切り笑えないなどの心理的ストレスにつながります(5)。
咀嚼(そしゃく)が不十分になれば、栄養バランスの偏りや体重の減少が起きる場合もあります(6,7)。特に高齢者では噛む力が低下すると誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)のリスクが上昇するとの報告もあり(7)、お口の健康は全身の健康と密接に関係していることが再確認されています。
1-3. 経済的影響(治療費の増大・社会的コスト)
初期段階の小さな虫歯であれば、少し削って詰めるだけで済むことも多く、治療費は比較的安価です(4)。しかし、放置して重度になると根管治療(こんかんちりょう)や被せ物(クラウン)が必要になり、治療期間も長くなるためコストが格段に上がります。国際的な研究では、虫歯や歯周病などの歯科疾患がもたらす世界全体の経済的損失は、医療費と間接的損失を合わせて年間50兆円規模にのぼると試算されています(6)。個人レベルでも、痛みや腫れが生じてから救急外来を受診すれば、一時的に高額な費用がかかるリスクが高まります。
2. 虫歯治療のメリットとデメリット
2-1. 早期治療のメリット(治療の簡便さ・費用削減・歯の寿命延長)
早期治療の最大のメリットは、何と言っても「軽い処置で済む」ことです。ごく初期(歯の表面のエナメル質に限局している程度)の虫歯なら、1回の通院で歯を最小限削って詰め物をする程度で完了するケースが多いです。保険治療でも数千円台で済み、麻酔や痛みも軽度ですむでしょう(4)。また、神経を取らずに済むことで、その歯は“生きた歯”として長持ちしやすく、将来的に割れたり欠けたりするリスクを減らせます。
さらに、早期介入は患者さんの心理的負担の軽減にもつながります。痛みがないうちに治療を終えられれば「歯医者=痛いところ」というイメージが少なくなり、定期的なメンテナンスにも通いやすくなるでしょう。実際、定期検診やフッ化物塗布、シーラント(溝の封鎖)などの予防歯科が虫歯リスクの低減と費用対効果の高さに寄与することは、多くの研究が示しています(9,10)。
2-2. 重症化して感染根管治療に至った場合のデメリット(時間・費用負担)
虫歯を放置して神経まで侵された場合、感染根管治療が必要になります。これは歯の根の内部を丁寧に洗浄・殺菌し、薬を詰める工程を数回にわたって行うため、通常一度では終わりません。また、治療後に被せ物を作るステップが加わると、さらに通院回数が増え、その分費用もかさみます(4,9)。例えば、根管治療とクラウンの製作・装着まで含めると、保険適用でも1本あたり数千円から数万円、自由診療では十万円以上になる場合もあります。通院にかかる時間的コスト、仕事や家事の調整など、経済以外の負担も大きいのです。
根管治療により歯自体は残せることが多いものの、神経を取った歯は脆くなるため、将来的な再治療リスクや抜歯に至るリスクが高まります。抜歯が必要になった場合、インプラント(1本あたり数十万円)やブリッジ、入れ歯などで補うため、さらに費用と通院回数が増える可能性があります(9)。このように、初期段階の治療と比べて重症化治療は、時間も費用も何倍にも膨れ上がるリスクが高いのです。
3. 早期治療 vs. 感染根管治療:時間・費用コストの比較
- 治療回数・通院時間
- 早期治療: 虫歯の深さが浅い段階なら、1回の通院(30分程度)で治療が完了するケースも多いです。
- 重症化時: 神経を抜く根管治療では、洗浄・消毒・薬の充填を複数回に分けて行うため、少なくとも2〜3回以上の通院が必要。その後の被せ物装着でさらに1〜2回かかり、合計3〜5回以上になることもしばしば(4,9)。
- 治療費用
- 早期治療: 保険診療なら数千円程度で済み、自費診療でも1万円未満のことが多いです。
- 重症化時: 根管治療+クラウンで、保険内でも合計数千円〜数万円。自由診療だと数万円〜十数万円以上になる場合があります(4,9)。通院のたびに再診料・薬代なども追加でかかるため、放置すればするほどトータルコストが膨らみます。
- 歯の予後と長期的負担
- 早期治療: 歯の神経を残せる可能性が高いため、歯の寿命が延びやすい。定期検診でメンテナンスを続ければ、半永久的に使えることもめずらしくありません。
- 重症化時: 神経を取った歯は脆く、将来的に割れやすい、再感染リスクが上がるなど再治療の可能性が高まります。もし抜歯すれば、高額なインプラントやブリッジなどの選択を迫られることもあるでしょう(9)。
4. 予防歯科の重要性と将来への投資
虫歯が小さいうちに治療するメリットは大きいですが、そもそも虫歯を「つくらない」ことが理想です。近年の研究では、フッ化物やシーラントといった予防的処置によって、虫歯を大幅に抑制できることが改めて示されています(9,10)。保険適用がある国・地域が増えるなど、予防歯科を積極的に活用する機会も広がっています。少し面倒に感じるかもしれませんが、定期的な歯科検診に通っていれば、初期の虫歯や歯周病を早期発見・早期治療できるだけでなく、歯石除去やクリーニングによるトラブル防止、生活習慣の改善指導など多角的なサポートを受けられます。
また、歯を守ることは高齢になったときのQOL(生活の質)を大きく左右します。自分の歯でしっかり噛むことで、栄養摂取や味覚の維持、認知症のリスク低減などにつながる可能性が示唆されており(7)、結果的に医療費や介護費を抑える効果も期待されています(6)。つまり、歯の健康管理は長い目で見ると経済的にも非常に有益なのです。
5. おわりに:痛みがなくても検診・早期治療を
虫歯が小さいうちは症状が出にくく、「忙しいから」「今はまだ痛くないから」とつい放置してしまいがちです。しかし、そのうち激しい痛みや腫れで夜も眠れなくなるケースも少なくありません。ひどい状態になってからでは治療も大掛かりになり、時間や費用の負担が何倍にも膨らんでしまいます。歯が一本失われると、インプラントや入れ歯など後々の人生で負担が増えることも少なくありません。
その点、早期治療なら軽微な処置ですみ、費用的にも時間的にも負担が軽いので、「もっと早く来ればよかった…」と後悔する方が多いのも事実です。忙しい方こそ、ぜひ定期検診や早めの来院を心がけてください。将来の自分への最高の投資は、自分の歯を守ること。健康な歯で食事や会話を楽しめる生活を長く続けていくために、「今」がその第一歩です。
もし歯の痛みや違和感を感じたり、しばらく歯科に行っていないという方は、どうぞお気軽にご相談ください。早期の治療と予防が、あなたの笑顔と健康をより長く支えてくれます。
参考文献
- Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Untreated tooth decay can lead to pain and infection, resulting in problems with eating, speaking, and learning. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2016;65(41).
- Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Health and Economic Costs of Chronic Diseases. 2020.
- Sansriti T, et al. Clinical consequences of untreated dental caries in children. Int J Paediatr Dent. 2015;25(3):185-192.
- Tiwari S, et al. Consequences of delayed dental treatment and cost-effectiveness of early intervention. J Endod. 2017;43(2):193-200.
- Mota-Veloso I, et al. Impact of untreated dental caries and its clinical consequences on OHRQoL of schoolchildren. Qual Life Res. 2016;25(1):141-148.
- Listl S, et al. Global Economic Impact of Dental Diseases. J Dent Res. 2015;94(10):1355-1361.
- Batra M, et al. Associations between dental caries and systemic diseases: A scoping review. BMC Oral Health. 2021;21(1):1668-1671.
- Wigsten E, et al. Cost-effectiveness of root canal treatment compared with tooth extraction in Sweden. Clin Exp Dent Res. 2023;9(5).
- CDC (Centers for Disease Control and Prevention). Community Water Fluoridation and Dental Caries Prevention. 2019.