来院者専用ブログ
院長のとっておきの話 その110 ビタミンDは「60以上」ないと免疫の調整役は増えないのか

■ はじめに
栄養や免疫の話題を追っていると、「血中ビタミンD(25OHD)が60ng/mL以上あると、制御性T細胞(Treg)が増える」という説明を見かけることがあります。Tregは免疫の暴走にブレーキをかける細胞で、自己免疫や慢性炎症の文脈でよく登場します。

この「60」という数字はどこから来たのか。実際に元の論文を当たってみました。結論から書きますと、その数字を示した原著論文は、私が調べた範囲では見当たりませんでした。
その話に入る前に、そもそも制御性T細胞とは何なのかを、ご存じない方のために整理しておきます。
■ 制御性T細胞とは何か

免疫を車にたとえるなら、アクセルとブレーキの両方が必要です。
免疫の主役はT細胞という細胞です。ウイルスや細菌が体に入ってくると、T細胞がそれを見つけて攻撃を始めます。これがアクセルにあたります。
ところが、アクセルだけの車は危険です。攻撃が強すぎたり、いつまでも止まらなかったりすると、今度は自分自身の体を傷つけてしまいます。関節リウマチや1型糖尿病といった自己免疫疾患は、この状態にあたります。花粉症などのアレルギーも、本来は無害なものに対してアクセルが踏まれてしまっている状態です。
そこでブレーキが必要になります。そのブレーキ役を担っているのが、制御性T細胞です。英語のRegulatory T cellを縮めてTreg(ティーレグ)と呼ばれます。他の免疫細胞に対して「そこまでにしておきなさい」と伝え、攻撃を終わらせる細胞です。
この細胞を発見したのは、日本の坂口志文先生です。1980年代、免疫の暴走を抑える細胞がいるはずだという仮説を立てられましたが、当時そんな細胞の存在を疑う研究者は多く、長く逆風の中での研究だったと伝えられています。1985年にその存在を示し、1995年に細胞の特定に成功されました。2025年のノーベル生理学・医学賞は、この業績に対して坂口先生と、Tregの働きに欠かせないFoxp3という遺伝子を見つけた米国の2氏に贈られています。
■ ただし多ければ良いというものではありません
ここが大事なところです。

ブレーキ役だからといって、Tregは多ければ多いほど良いというものではありません。ブレーキが効きすぎた車が前に進めないのと同じで、Tregが強く働きすぎると、本来やっつけるべき相手を免疫が攻撃できなくなります。がんの治療研究でTregが注目されているのは、まさにこの逆方向からです。がん細胞のまわりでTregが強く働いていると、免疫ががんを排除しにくくなることが分かってきています。
つまり免疫にとって望ましいのは、アクセルとブレーキの釣り合いが取れている状態であって、ブレーキの数を増やすことそのものではありません。
この前提を頭に置いたうえで、冒頭の「60ng/mL」の話に戻ります。
■ もとになったと思われる研究の実際の数字
Prietl らが2010年に報告した研究があります。健康な成人46名にビタミンDを大量投与し、投与前後で25OHD値とTreg割合を測定したものです。★2(単群・非対照試験)
数字はこうです。
投与前 25OHD 23.9ng/mL Treg 4.8% 1回目 25OHD 45.9ng/mL Treg 5.9%(有意に増加) 2回目 25OHD 58.0ng/mL Treg 5.6%(有意に増加)
ここで注目していただきたいのは、Tregの有意な増加が25OHD 45.9ng/mLの時点ですでに出ていることです。そして58.0ng/mLまで上げた2回目では、Tregはむしろ5.9%から5.6%へわずかに下がっています。

つまりこの研究は、「60ng/mLでTregが上がる」という説明の根拠にはなりません。むしろ、45ng/mL前後で頭打ちになっている可能性を示唆するデータです。到達値の58という数字が丸められて60として流通した、というのが実際のところではないかと考えています。
■ もっと高くしたらどうなるのか
では、さらに高くすれば増えるのでしょうか。それを確かめられる研究があります。

Smolders らが2010年に報告した研究では、多発性硬化症の患者15名に1日20000単位のビタミンD3を12週間投与しています。★2(小規模・非対照試験)
血中濃度は当然60ng/mLをはるかに超える水準まで上がりましたが、結果は、Tregの数は変化しませんでした。抑制機能については一部の方で改善が見られたものの、集団全体としては統計学的な有意差に届きませんでした(p=0.143)。
「60を超えれば増える」のであれば、この研究でこそ最もはっきり出るはずです。それが出ていない、という事実は重く見るべきだと思います。
逆の方向からの検証もあります。Maboshe らが2021年に報告した研究は、健康な成人62名を対象とした二重盲検プラセボ対照試験で、43週間にわたって追跡したものです。★3(無作為化比較試験)
1日400単位という控えめな量ですが、ビタミンD群では血中濃度が75nmol/L(30ng/mL)以上に保たれました。それでも、Tregの数はプラセボ群と変わりませんでした。
この研究で興味深いのは、Tregに季節変動があった点です。3月に最も少なく、9月に最も多くなっていました。ところがその変動は、血中ビタミンD値とは無関係に起きていました。ビタミンDが影響したのは別の指標(IFN-γという炎症性の物質)だけでした。
先ほどの多形日光疹の研究とまったく同じ結論に、健常者を対象とした無作為化比較試験という、より確かなデザインで独立に到達しています。Tregが季節で動くのは事実だが、動かしているのはビタミンDではない、ということです。
■ 「数」と「機能」は別物です
同じグループが2009年に報告した横断研究では、興味深い結果が出ています。★2(観察研究)
25OHD値は、Tregの「抑制する力」とは正の相関がありました。しかし、Tregの「数」とは相関していませんでした。

免疫細胞の話をするとき、私たちはつい数を数えたくなります。しかしこの領域で一貫して信号が出ているのは数ではなく機能のほうです。そして機能は、濃度が上がるほど直線的に良くなるという単純な関係ではないようです。
さらに、多形日光疹の患者を対象とした2016年の解析では、Tregの数とも機能とも25OHD値に有意な関係は認められませんでした。季節による変動はあったものの、それはビタミンD以外の要因(紫外線そのものなど)による可能性が示唆されています。★2
■ では「40〜60」という数字はどこから来たのか
この数字自体は実在します。ビタミンDと免疫に関する2020年の総説の中に、「血中25OHDを最低30ng/mL、望ましくは40〜60ng/mLに維持することが、総合的な健康利益のために推奨される」という記述があります。★4(総説)

ただしこれは、骨代謝や各種疾患リスクを含めた全体的な観点からの一般的推奨であり、Tregを根拠に導かれた数値ではありません。免疫をテーマにした総説の中にこの数字が出てくるため、Tregの話と結びついて「Tregのためには60必要」という形に変形して伝わったのだろうと推測しています。ここは私の解釈であり、論文にそう書いてあるわけではありません。
■ ただし補充が無意味というわけではありません

ここまで否定的な話が続きましたので、公平を期すために反対側も書いておきます。
2019年に発表された系統的レビューは、この分野の無作為化比較試験を集めて検討したものです。★4
適格な試験は8件しかなく、内容がばらばらでメタ解析はできなかったという限界がありますが、結論としては「ビタミンD補充は健常者でも自己免疫疾患の患者でもTregの比率を高め、その機能を高める可能性がある」としています。慎重な言い回しですが、方向としては肯定的です。
実際、2025年に報告されたパーキンソン病患者を対象とした無作為化比較試験でも、3か月の補充でTregが3.25%から4.52%へ増加しています。★2
ではこれらと、先ほどの「動かなかった」研究群は矛盾するのでしょうか。
私はしていないと考えています。増えた研究の対象者を見ると、いずれもビタミンDが不足していた方々です。パーキンソン病の試験は欠乏者に限定して組まれていますし、Prietl らの研究も出発点は23.9ng/mLでした。一方、動かなかった研究は、すでに足りている人をさらに高くした場合を見ています。
つまり、足りない人を足りる状態にすることと、足りている人をもっと高くすることは、別の話だということです。
■ まとめ
現時点で言えることを整理します。

ビタミンDが不足している人に補充することで、Tregの割合が増えるという報告は複数あります。この方向の効果は、限定的ながら支持されていると言ってよいと思います。
しかし、すでに足りている人をさらに高い数値へ押し上げることに、Tregの観点からの根拠はありません。そして「60ng/mL以上」という閾値を検証した研究は、私が調べた範囲では存在しませんでした。
「60」という数字は、この二つの話をつなぐ橋のような顔をして流通していますが、その橋を架けた論文が見当たらない、というのが今回調べての実感です。
Tregが増えたとしても、それが病気の発症や進行という結果を変えるかどうかは、また別に確かめる必要のある問題です。検査値が動いたことと、体調や病態が良くなったことは同じではありません。
■ 参考文献
Prietl B, et al. Vitamin D supplementation and regulatory T cells in apparently healthy subjects: vitamin D treatment for autoimmune diseases? Isr Med Assoc J. 2010;12(3):136-139. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20684175/
Prietl B, et al. High-dose cholecalciferol supplementation significantly increases peripheral CD4+ Tregs in healthy adults without negatively affecting the frequency of other immune cells. Eur J Nutr. 2014;53(3):751-759. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23999998/
Smolders J, et al. Safety and T cell modulating effects of high dose vitamin D3 supplementation in multiple sclerosis. PLoS One. 2010;5(12):e15235. https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0015235
Smolders J, et al. Vitamin D status is positively correlated with regulatory T cell function in patients with multiple sclerosis. PLoS One. 2009;4:e6635. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2721656/
Schweintzger NA, Gruber-Wackernagel A, Shirsath N, Quehenberger F, Obermayer-Pietsch B, Wolf P. Influence of the season on vitamin D levels and regulatory T cells in patients with polymorphic light eruption. Photochem Photobiol Sci. 2016;15(3):440-446. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26911519/
Maboshe W, et al. Low-Dose Vitamin D3 Supplementation Does Not Affect Natural Regulatory T Cell Population but Attenuates Seasonal Changes in T Cell-Produced IFN-gamma: Results From the D-SIRe2 Randomized Controlled Trial. Front Immunol. 2021;12:623087. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34262557/
Fisher SA, et al. The role of vitamin D in increasing circulating T regulatory cell numbers and modulating T regulatory cell phenotypes in patients with inflammatory disease or in healthy volunteers: A systematic review. PLoS One. 2019;14(9):e0222313. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31550254/
Li D, et al. Impact of vitamin D3 supplementation on motor functionality and the immune response in Parkinson’s disease patients with vitamin D deficiency. Sci Rep. 2025;15(1):25154. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40646117/
Charoenngam N, Holick MF. Immunologic Effects of Vitamin D on Human Health and Disease. Nutrients. 2020;12(7):2097. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32679784/
2025年ノーベル生理学・医学賞(末梢免疫寛容に関する発見)についての報道 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251006_n01/

■ 注意事項
この記事は研究文献の紹介を目的としたものであり、特定の栄養素の摂取をおすすめするものではありません。ビタミンDのサプリメントには摂取量の上限が定められています。また活性型ビタミンD製剤は医師の処方が必要な医薬品です。血中濃度の測定や補充の要否については、必ず医師または管理栄養士にご相談ください。ご自身の判断で高用量を摂取されますと、高カルシウム血症などの健康被害が生じるおそれがあります。
