院長のとっておきの話
院長のとっておきの話 その112 レントゲンの黒い影は、いつの情報なのか(後編)
慢性炎症の正体と、放置したときの損得
前編では、レントゲンの黒い影が過去の記録であって現在の炎症の強さを示すものではないこと、現在を教えてくれるのはサイナストラクトなどの活動性所見であること、そして自覚症状がないことは活動性が低い証拠にならないことを書きました。
後編では、一歩下がって、そもそも慢性炎症とは何なのかを扱います。炎症が終わるとはどういう出来事なのか。最近よく耳にするようになったSPMやオメガ3は、その中でどう位置づけられるのか。全身への影響はどこまで言えるのか。そして最後に、放置した場合のメリットとデメリットを両方向から整理します。

■ 慢性とは何か ─ 炎症が終わらないということ
ここで一度、慢性炎症という言葉そのものを整理しておきます。
急性の炎症は、始まって、終わります。以前はこの「終わり」を、原因が消えれば火が自然に消えるような受け身の過程だと考えられていました。ところがこの20年ほどで理解が変わり、炎症の収束は能動的にプログラムされた過程だと考えられるようになりました。好中球の呼び込みを止める、役目を終えた好中球を自死させる、それをマクロファージが食べて片づける、マクロファージ自身が炎症型から修復型に切り替わる、組織を修復する。この順序が実行されて、はじめて炎症は終わります。
この見方に立つと、慢性炎症の定義が変わります。刺激が強すぎる状態ではなく、収束のプログラムが完走しない状態と捉え直されるのです。

根尖性歯周炎はその典型です。細菌は根管という、血流も免疫細胞も届かない空間に居座り続けます。免疫は根の先の出口で待ち構えるしかなく、刺激源が消えないので収束の号令がかかりません。だから何年も続きます。裏を返せば、外から物理的に刺激源を断たないかぎり収束の条件が整わない、ということでもあります。薬だけでは終わらない理由がここにあります。

■ 収束を担う分子という考え方と、その現在地
では、その能動的な収束は何が担っているのか。この20年で最も注目されてきたのが、SPM(特異的炎症収束促進メディエーター)と呼ばれる分子群です。リポキシン、レゾルビン、プロテクチン、マレシンといった名前で、オメガ3脂肪酸やアラキドン酸から酵素を介してつくられるとされています。
合成したこれらの分子を動物に投与すると、炎症の抑制、収束の促進、細菌の除去の亢進が観察されます[1]。 評価は★2です。総説であり、根拠の大部分は動物実験と細胞実験です。

魅力的な枠組みで、歯科領域でも局所投与の実験が報告されています。ただし、ヒトでの現在地については率直に書いておく必要があります。
2022年、脂質メディエーター研究に携わる複数の研究者による批判的な総説が、この分野の前提そのものを検討しました。指摘は4点あります。ヒトの白血球におけるSPMの生合成能力は、あったとしてもごく低いこと。提唱されている受容体の同定とその情報伝達が、遺伝子欠損マウスによる検証で裏づけられていないこと。ヒトではオメガ3脂肪酸の摂取量とSPMの量が関連せず、人工的に起こした炎症の収束期にもSPMの形成が確認されなかったこと。そして、報告されている低い濃度は、これまで広く使われてきた測定法では信頼性をもって定量できないこと[2]。 評価は★2です。総説ですが、方法論に対する批判として重いものです。
整理すると、「炎症の収束は能動的な過程である」という概念そのものは有力なまま残っています。しかし「SPMがその主役であり、血中濃度を測れば収束する力がわかる」という段階には、まだ達していません。
とくに測定法の問題は根が深いところです。抗体を使う簡便な方法で報告されてきた値が、質量分析による厳密な定量では再現しないことがあります。歯周病領域にも簡便法によるSPM測定の報告があり、再評価が必要になる可能性があります。
そしてこれは、この記事の主題と同じ構造をしています。レントゲンの影を活動性と読み違えたのと同じ誤りが、最先端の分子マーカーでも起きうるということです。新しい指標ほど、それが本当に何を測っているのかの検証が追いついていないことがあります。
なお、オメガ3のサプリメントを摂ればSPMが増えて炎症が収まる、という説明を目にすることがあります。ここには実は二段階の話が混ざっているので、節をあらためて整理します。
■ オメガ3とSPM、そして変換能力の個人差

材料から製品ができるまでに、二つの段階があります。
第一段階は、材料そのものをつくる過程です。植物油に含まれるαリノレン酸は、そのままではSPMの材料になりません。不飽和化酵素と伸長酵素のはたらきでEPAへ、さらにDHAへと変換されて、はじめて材料になります。魚に含まれるEPAやDHAを直接摂った場合は、この段階を飛ばせます。

第二段階は、そのEPAやDHAから酵素のはたらきでSPMがつくられる過程です。
個人差の議論は、主に第一段階について、かなりしっかりした裏づけがあります。5つのコホート8,866人を対象としたゲノムワイド関連解析のメタ解析では、変換酵素をコードするFADS1とFADS2の特定の型を持つ人で、血中のαリノレン酸が高く、EPAとDPAが低いという関連が示されました。伸長酵素をコードするELOVL2の型では、EPAとDPAが高くDHAが低いという逆向きの関連が見られています。さらに、FADS2の特定の型を持つ人ではαリノレン酸とEPAの相関が弱く、変換の効率が低いことが示唆されています[3]。 評価は★4です。大規模で再現性のある解析ですが、示しているのは血中脂肪酸の組成であり、臨床的な結果ではありません。
実用面に落とすと、こういうことになります。亜麻仁油やえごま油のような植物由来のオメガ3に頼っている場合、変換効率の個人差の影響を直接受けます。同じ量を摂っても、血中のEPAやDHAの増え方が人によって違うということです。魚由来のEPAやDHAはこの段階を経由しないため、個人差の影響は小さくなります。「オメガ3を摂っている」と言っても、その中身が人によってかなり違うわけです。
問題は第二段階です。材料が増えれば製品も増えるとは限りません。ここについては報告が割れています。

前節に挙げた批判的総説は、ヒトではオメガ3の摂取量とSPM量が関連しなかったと述べています[2]。一方で、末梢動脈疾患の患者24人に魚油を1日4.4グラム、3か月間投与した二重盲検の無作為化比較試験では、質量分析による測定でSPMの前駆体が増え、リポキシンA4とレゾルビンE3が対照群と比べて有意に増加しました。ただし同じ試験で、高感度CRP、血管内皮機能、歩行能力にはいずれも有意な変化がありませんでした[4]。 評価は★3です。無作為化比較試験ですが24人と小規模で、対象も末梢動脈疾患の患者に限られます。
この試験の結果は、二重の意味で示唆的です。ひとつは、厳密な測定法を使えばSPMの増加が検出できる場合があるということ。もうひとつは、それが増えても臨床的な指標は動かなかったということです。
整理すると、こうなります。変換能力に個人差があるのは、少なくとも第一段階については確かです。しかし第二段階、つまりSPMがどれだけつくられ、それが体の中で実際に何をしているかは、量的にも測定的にも決着していません。
したがって「自分は変換能力が低いからSPMが足りない、だから多めに摂るべきだ」という推論は、二段階目が空白のまま組み立てられていることになります。血中の脂肪酸組成は測定できますが、それが炎症を収束させる力を表しているかどうかは別の問題です。
ここでも、この記事を通しての構図が出てきます。測れるものと知りたいものがずれている。オメガ3インデックスは材料の在庫量を測っており、収束の能力そのものを測っているわけではありません。
サプリメントの摂取について判断が必要な場合は、主治医にご相談ください。
■ 全身への影響はどこまで言えるのか
まず規模の話から。114研究、34,668人、639,357歯を統合した系統的レビューによれば、根尖性歯周炎を1本以上持つ人の割合は52パーセント(95パーセント信頼区間42から56)でした。歯単位では5パーセント、根管治療済みの歯に限ると39パーセントです[5]。 評価は★4です。ただし研究間のばらつきが極めて大きく、この点は著者ら自身が慎重な解釈を求めています。
同じ研究では、全身疾患を持つ人での有病率が63パーセント、健康な人では48パーセントと報告されています。ただしこれは横断研究の集計であり、全身疾患が歯の状態を悪くしたのか、逆なのか、あるいは共通の背景要因があるのかは、この数字からは決まりません。
次に炎症マーカーです。20研究をまとめた系統的レビューでは、CRP、IL-1、IL-2、IL-6、免疫グロブリンなどの上昇が多くの研究で一致して観察されました。ただし統計的な統合で有意差が出たのは免疫グロブリンで、CRPについては治療前後で有意差が認められていません[6]。 評価は★4です。

では、治療するとそれらのマーカーが下がるのか。ここが肝心なところですが、2026年に発表された最新の系統的レビュー・メタ解析では、歯内療法後のCRP、IL-6、TNF-αのいずれについても、統計的に有意な低下は示されませんでした。エビデンスの確実性はvery lowと評価されています[7]。 評価は★2です。
つまり現時点で言えるのは、「関連の報告はあるが、治療によって全身の炎症マーカーが下がるかどうかは確立していない」というところまでです。
ここを飛ばして「根の治療をすれば全身の炎症が下がります」と書いてしまうと、まだ証明されていないことを証明されたことのように扱うことになります。私はそこは書かないことにしています。
同時に、確立していないことは影響がないことを意味しない、という点も書いておきます。研究が足りない状態と、否定された状態は違います。現状は前者です。
■ 放置した場合のメリットとデメリット

ここが実際の判断に直結するところなので、両方向から書きます。
まず、経過観察を選ぶことに理由がある場合です。
治療そのものに不確実性があります。1170根の初回治療と1314根の再治療を前向きに追跡した研究では、根尖部の治癒が得られた割合は初回83パーセント(95パーセント信頼区間81から85)、再治療80パーセント(78から82)でした[8]。裏返せば、2割前後は治癒に至っていません。 評価は★4です。前向きコホート研究で症例数も十分ですが、大学院生による施術という条件があり、そのまま一般の診療条件に置き換えることはできません。
また、根管治療は歯質を削る処置を伴います。介入を重ねるほど歯は薄くなり、破折のリスクは上がります。歯を長く保たせるという観点だけを見れば、不要な介入を重ねないことにも合理性があります。費用と通院回数の負担もあります。年齢や全身状態によっては、侵襲の少ない選択が妥当になる場面もあります。
症状がなく、複数回のレントゲンで影の大きさが変わっていない病変については、経過観察が選択肢になりえます。

一方で、放置のデメリットも具体的です。
第一に、急性化です。何年も静かだった病変が、体調や免疫の状態の変化をきっかけに急に腫れて痛むことがあります。問題は、それがいつ起きるか予測できないことです。旅行中や連休中に起きれば対応が難しくなります。
第二に、待つほど条件が悪くなる方向に働きます。先ほどの研究では、治癒を有意に高める因子として、術前に病変がないこと、病変がある場合はその径が小さいこと、そして術前にサイナストラクトがないことが挙げられています[8]。つまり病変が大きくなるほど、また膿の出口ができるほど、あとから治療したときの治癒率は下がります。

第三に、周囲への波及です。隣の歯の根、上顎洞、下顎の神経の走行部位に近い場合は、影響の範囲が広がります。
第四に、まれですが重篤な感染への進展があります。深頸部膿瘍101例を集めた報告では、原因のうち歯性感染が23.7パーセントを占め、16.8パーセントで気管切開を要し、死亡率は1.98パーセントでした[9]。 評価は★3です。ここは数字の読み方に注意が必要です。これは重症例だけを集めた症例集積であり、分母が「深頸部膿瘍になった人」です。「根尖病変がある人の何パーセントがこうなるか」を示す数字ではありません。分母の違う数字を並べて不安を煽ることは避けたいので、明示しておきます。実際にはきわめてまれです。
第五に、骨粗鬆症やがんの治療で骨吸収を抑える薬を使用している場合です。動物実験の段階ではありますが、根尖病変の存在自体が顎骨壊死の引き金になりうることが示されています[10]。この条件下では、放置のリスクの評価が変わります。
第六に、全身への影響については未確定です。ただし前節に書いたとおり、未確定であることは影響がないことの証明ではありません。ここは不確実性として、そのまま抱えることになります。
まとめると、メリットとデメリットの釣り合いは歯ごとに違います。残っている歯質の量、病変の大きさと変化の向き、症状の有無、全身状態、使っている薬、その歯を今後どう使うかの計画。これらが違えば結論も変わります。「すべて治療すべき」も「様子を見てよい」も、一律には成立しません。
■ 治療が検討されるのはどういうときか
一般論として整理すると、次のような場合です。

活動性の所見があるとき。特にサイナストラクトは、症状が軽くても対応が検討される所見です。経過観察の中で影が拡大しているとき。かぶせ物や土台をやり直す予定があるときも、根の状態を確認する機会になります。骨吸収抑制薬の使用予定があるときも、事前に状態を把握しておく意味があります。
逆に、症状がなく影も安定している場合は、経過観察が選択肢になります。ただし無症状であることは活動性がゼロであることを意味しません。サイナストラクトも痛みもないまま、静かに続いている慢性の病変はあります。ここは正直に書いておきます。
実際の判断は個別に行われます。一律の基準はありません。気になる所見があるときは自己判断せず、歯科で確認していただくのが確実です。

■ 後編のまとめ
慢性炎症とは、火が強い状態ではなく、火を消すプログラムが完走できない状態です。刺激源が閉じた空間に残り続けているかぎり、収束の条件は整いません。そして骨を溶かしているのは細菌ではなく自分自身の免疫反応であり、それは感染を封じ込めるための反応でもあります。
収束を担うとされるSPMという枠組みは魅力的ですが、ヒトでの現在地は揺れています。オメガ3の変換能力に個人差があるのは確かですが、その先の段階は量的にも測定的にも決着していません。測れるものと知りたいものがずれている、という構図が、ここでも繰り返されています。

全身への影響については、関連の報告はあるものの、治療によって炎症マーカーが下がるかどうかは確立していません。同時に、確立していないことは影響がないことの証明でもありません。
放置の損得は、歯ごとに違います。治療そのものに2割前後の不確実性があり、歯を削る負担もあります。一方で、待つほど治癒の条件は悪くなり、急性化の時期は選べません。「すべて治療すべき」も「様子を見てよい」も、一律には成立しません。
判断に必要なのは、一つの検査値や一枚の画像ではなく、複数の物差しを組み合わせることです。それぞれの物差しが何を写しているのかを知っておくと、説明の受け取り方が変わってくると思います。

■ 引用文献
[1] Serhan CN. Pro-resolving lipid mediators are leads for resolution physiology. Nature. 2014;510(7503):92-101. https://doi.org/10.1038/nature13479
[2] Schebb NH, Kühn H, Kahnt AS, et al. Formation, signaling and occurrence of specialized pro-resolving lipid mediators – what is the evidence so far? Front Pharmacol. 2022;13:838782. https://doi.org/10.3389/fphar.2022.838782
[3] Lemaitre RN, Tanaka T, Tang W, et al. Genetic loci associated with plasma phospholipid n-3 fatty acids: a meta-analysis of genome-wide association studies from the CHARGE Consortium. PLoS Genet. 2011;7(7):e1002193. https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1002193
[4] Ramirez JL, Gasper WJ, Khetani SA, et al. Fish oil increases specialized pro-resolving lipid mediators in PAD (the OMEGA-PAD II trial). J Surg Res. 2019;238:164-174. https://doi.org/10.1016/j.jss.2019.01.038
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[7] Silva Araújo R, Abreu Fonseca Thomaz EB, da Silva Magalhães EI, Balbinot Hilgert J, Carvalho Souza SF. Does endodontic treatment modify serum inflammatory markers of cardiovascular risk in individuals with asymptomatic apical periodontitis? A systematic review and meta-analysis. Clin Oral Investig. 2026;30(5). https://doi.org/10.1007/s00784-026-06857-0
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