院長のとっておきの話
院長のとっておきの話 その112 レントゲンの黒い影は、いつの情報なのか(前編)

影と自覚症状は、それぞれ何を写しているのか
歯の根の先に黒い影がある、という説明を受けたことのある方は多いと思います。根尖性歯周炎という状態で、根の中の感染に反応して周囲の骨が溶けた部分が、レントゲンでは黒く写ります。

このとき、多くの方が自然にこう受け取ります。「今、そこで炎症が起きているのだな」と。
ところがこの受け取り方には、医学的に見て無視できないずれがあります。前編では、そのずれから始めて、では何を見れば現在の状態がわかるのか、骨が溶けているときに体の中で何が起きているのか、そして症状がないことをどう解釈すべきかまでを整理します。
慢性炎症そのものの生物学、全身との関係、放置した場合の損得については、後編で扱います。
■ 黒い影の正体は何か
根尖部の透過像の中身は、肉芽腫、嚢胞、膿瘍、あるいは治癒したあとに残った瘢痕組織のいずれかです。この4つは、生物学的にはまったく違う状態です。肉芽腫は慢性炎症の場ですが、瘢痕は炎症が終わったあとの結合組織で、炎症はもう起きていません。
では画像からこの4つを見分けられるかというと、これが難しいのです。

歯内療法で治癒しなかった大型病変30症例を外科的に採取して組織診と照合した研究では、レントゲンによる診断と病理診断の一致は30パーセントにとどまりました。組織像の内訳は、肉芽腫が66.7パーセント、嚢胞が10パーセント、膿瘍が6.7パーセント、嚢胞化しつつある肉芽腫が16.7パーセントでした[1]。 評価は★3です。単一施設で30例、しかも治りにくかった病変を選んで調べているため、一般の患者さんの透過像にそのまま当てはめることはできません。それでも、画像だけでは中身を当てられないという方向性は動きません。
■ 影は「今」ではなく「これまで」を写している
もう少し根本的な問題があります。

レントゲンの黒い影は、骨が溶けた量を写しています。骨が溶ける速度ではありません。これは、貯金通帳の残高を見ているようなもので、今月いくら使ったかは残高からはわかりません。
ここから3つのことが導かれます。
ひとつ。同じ大きさの影でも、小さい病変が急速に拡大している最中なのか、大きい病変が何年も止まったままなのかは、一枚のレントゲンからは区別できません。
ふたつ。感染が消えて炎症が止まっても、影はすぐには消えません。骨が埋まり直すには年単位かかりますし、瘢痕に置き換わった場合は一生残ります。つまり影があることは、今炎症があることを意味しません。
みっつ。逆に、影が見えなくても炎症がないとは限りません。骨の内側だけで進行している段階では、レントゲンには写らないからです。
影は、あることでも、ないことでも、現在の状態を誤らせます。片側だけの誤差ではないところが厄介です。
■ 蓄積型の指標がすべて悪いわけではない
ここで対比として挙げたいのが、糖尿病の検査で使われるHbA1cです。

HbA1cも蓄積型の指標です。ただし赤血球の寿命によって、およそ2か月から3か月という時間の窓が決まっています。それより前の血糖値は自然に脱落していきます。窓が決まっているからこそ、「直近3か月の平均」という限定つきで、現在に近い状態の指標として使えます。
レントゲンの影が問題なのは、窓が決まっていないからです。10年前に溶けた骨も、そのまま像に残り続けます。
蓄積型の指標を使うときは、その指標がどれくらいの過去を含んでいるのか、そして古い情報が抜けていく仕組みがあるのかを確認する。これが読み方の要点になります。
同じ発想は他の分野にもあります。肝臓の病理では、炎症の活動度と線維化の進み具合を別々の物差しで採点します。両者を混ぜないための設計です。歯の根の病変には、まだこれに相当する二本立ての物差しがありません。
■ では、何が「今」を教えてくれるのか

影が過去の記録だとすると、現在の活動性はどこに現れるのか。答えは画像ではなく、臨床所見のほうにあります。
その代表がサイナストラクトです。歯肉にできる小さな膨らみで、根の先でつくられた膿が骨と歯肉を貫いて外に出るための通り道です。押すと白っぽい膿が出ることがあります。自然につぶれて一度消え、しばらくするとまた同じ場所に現れる。この出たり消えたりを繰り返すのが特徴です。消えている時期に治ったと受け取られやすいのですが、そうではありません。

なお、かつてはこれをフィステルや瘻孔と呼んでいましたが、現在は使いません。フィステル(瘻)は本来、上皮に覆われた二つの面をつなぐ通路を指す言葉で、この病態の構造とは違うからです。呼び名だけが実態から遅れて残っていた例で、今はサイナストラクト、日本語では洞道と呼びます。
これは黒い影とは対照的に、まぎれもない活動性の指標です。理由は単純で、通り道が開いたままであるためには、膿が今この瞬間も作られ続けている必要があるからです。産生が止まれば、通り道は数日から数週間で閉じます。つまりサイナストラクトは、溜まった量ではなく今の速さを写しています。時間の窓が極めて短い指標だと言えます。
ここで注意していただきたいことがあります。サイナストラクトがあるとき、痛みはむしろ乏しいことが多いのです。内圧が外に逃げているためで、患者さんご自身は「痛くないから大したことはない」と受け取りがちです。しかし膿の出口があるという事実そのものが、進行中であることを示しています。痛みは、活動性の指標としてはあまり感度が高くありません。
なお、膿の出口が見えている場所と、原因になっている歯が一致しないことは珍しくありません。骨の中を通ってきた経路が斜めに走るためです。そこで細い材料を通り道に入れた状態でレントゲンを撮り、経路をたどって原因歯を特定する方法があります。これは影の大きさを測るのとは違い、原因の所在を直接示してくれる情報です。
サイナストラクト以外の活動性所見としては、何もしなくても痛む、噛むと痛む、歯肉が腫れて赤くなる、押すと痛い、膿が出る、歯の動きが大きくなる、顎の下のリンパ節が腫れる、腫れを繰り返した経験がある、といったものがあります。
そしてもう一つ、時間差そのものが指標になります。同じ条件で撮った過去の画像と比べて影が広がっていれば、それは活動していることの証拠です。一枚では読めないものが、二枚あれば読めるようになります。

■ 骨が溶けているとき、そこで何が起きているのか
では、活動的に骨が壊されている状態とは、生物学的にどういう状態なのでしょうか。
骨を壊す役割を担うのは破骨細胞という細胞です。普段は骨をつくる骨芽細胞と釣り合って、骨の作り替えを担当しています。この釣り合いを決めているのが、RANKLとOPGという一対の分子です。RANKLは破骨細胞を成熟させるアクセル、OPGはそのRANKLを捕まえて無効化するブレーキにあたります。どちらの絶対量でもなく、両者の比率で骨吸収の向きが決まります。

根の先では、根管から漏れ出す細菌成分に免疫細胞が反応し、IL-1βやTNF-αといった炎症性の伝達物質を放出します。これらの刺激で周囲の細胞がRANKLを多く出すようになり、比率がアクセル側に傾くと破骨細胞が増え、骨が溶けていきます。
ここで押さえておきたいのは、骨を溶かしているのは細菌そのものではない、ということです。溶かしているのは患者さん自身の免疫反応です。骨を犠牲にして感染を封じ込めるための空間をつくっている、という見方もできます。体を守るための反応が、結果として骨を失わせている。そういう構造になっています。
ただし、ここも正直に書いておきます。この分野のヒトでの知見は、思われているほど固まっていません。33編を対象とした系統的レビューによれば、培養細胞では歯髄の細胞が炎症刺激でRANKLを産生することが示され、動物実験では病変の経過とRANKL・OPG系の関係が調べられています。しかしヒトの活動性の根尖病変におけるRANKLの役割については、報告が一致していません。その一因として、多くの研究がRANKLを単独で測り、抑制側のOPGとの比で見ていなかったことが指摘されています。到達点としては、根尖部でRANKLとOPGの比が上がっていることが骨吸収を示す可能性がある、というところです[2]。 評価は★3です。系統的レビューですが、対象研究の中心は細胞実験と動物実験です。
もう一点、骨に関わる薬を使っている方には関係の深い知見があります。骨吸収を抑える薬のうちRANKLを標的とするものを投与したマウスで、抜歯を行っていないにもかかわらず、根尖病変が存在するだけで顎骨壊死に相当する所見が生じたという報告があります[3]。 評価は★2です。マウスの実験であり、ヒトでの頻度を示すものではありません。ただし、骨粗鬆症やがんの治療で骨吸収抑制薬を使っている、あるいはこれから始める予定がある方は、根の先の状態を含めて歯科と主治医の間で情報を共有しておく意味があります。
■ 自覚症状がなければ問題ないのか

骨が溶けているという話を聞くと、では痛いはずではないか、と思われるかもしれません。ところが根尖性歯周炎の多くは無症状で経過します。世界的な有病率を調べた研究も、この疾患が慢性で無症候性の形で現れることが多い点を出発点に置いています[4]。
なぜ痛くないのか。理由は3つに分けられます。
ひとつめは、痛みを感じる仕組みの分布です。痛覚を担う神経終末は組織によって密度が大きく違い、骨の内部には乏しく、骨を覆う骨膜には豊富にあります。したがって骨の内側で進行している段階では痛みが出にくく、骨膜に達したり内圧が急に上がったりしたときにはじめて痛みます。
ふたつめは、その歯自身の神経がすでに失われていることです。根尖性歯周炎は多くの場合、歯髄が壊死した結果として起きます。壊死しているということは、その歯の痛覚を担っていた組織がもう機能していないということです。虫歯がしみて痛かった時期を過ぎ、しばらくして痛みが消えた、という経過に心当たりのある方もいると思います。この「痛みが消えた」は治ったのではなく、感知する側がいなくなったことを意味します。直感とは逆に、痛みの消失が進行を示していることがあります。
みっつめは、圧力の逃げ道です。前に書いたサイナストラクトがあれば、膿は外に出ていくので内圧は上がりません。出口があるほど痛みは軽くなります。

この3つを合わせると、痛みという指標の性質が見えてきます。痛みは炎症の量を写しているのではなく、圧力が急に変化したかどうかを写しています。別の物差しなのです。
そしてこれは歯に限った話ではありません。全身性の慢性炎症について包括的に整理した総説では、心血管疾患、がん、糖尿病、慢性腎臓病、脂肪肝、自己免疫疾患、神経変性疾患といった、死亡と障害の主要な原因が慢性炎症を背景に持つとされています[5]。 評価は★2です。総説であり、個々の因果関係の強さは疾患ごとに異なります。
ここに挙がっている疾患は、いずれも長い無症状期間を持ちます。内臓脂肪も、動脈硬化も、脂肪肝も、初期の歯周病も痛みません。急性炎症の古典的な特徴として発赤、腫脹、熱感、疼痛、機能障害が挙げられますが、これは急性炎症の記述です。慢性炎症はこれらを欠くのが普通です。痛くない炎症は例外ではなく、むしろ標準だと考えたほうが実態に近いと思います。
では自覚症状はまったく役に立たないのかというと、そうではありません。ただし使い方が非対称です。
症状があるとき、それは活動性が高い可能性を示す有用な情報です。しかし症状がないとき、それは活動性が低いことの証拠にはなりません。検査の言葉で言えば感度が低く、陰性の結果に情報価値がほとんどない指標だということです。

したがって「自覚症状がないから問題ない」は成立しません。同時に「自覚症状がないから危険だ」も成立しません。無症状という状態は、危険でも安全でもなく、情報がないという状態です。判断は別の情報で行うほかありません。
そしてここでも、この記事を通しての構図が繰り返されています。影はこれまでに溜まった量を写し、症状は限界を超えた瞬間だけを写す。どちらも活動性そのものを連続的に測っているわけではありません。だから複数の物差しを組み合わせる必要が出てきます。

■ 前編のまとめ
三つのことを書きました。
レントゲンの黒い影は、過去に骨が溶けた履歴の記録であって、今の炎症の強さを示す目盛りではありません。時間の窓が決まっていないため、10年前の記録もそのまま残ります。
現在を教えてくれるのは、サイナストラクトをはじめとする活動性の所見と、同じ条件で撮った過去の画像との比較です。影が縮んでいるのか、変わらないのか、広がっているのか。この変化の向きが、はじめて活動性の情報になります。

そして自覚症状がないことは、活動性が低いことの証拠になりません。痛みは炎症の量ではなく、圧力が急に変わったかどうかを写している、別の物差しです。無症状という状態は、危険でも安全でもなく、情報がないという状態です。

後編では、そもそも慢性炎症とは何なのか、炎症が終わるとはどういうことなのか、そして全身への影響と放置の損得を扱います。

■ 引用文献
[1] Saraf PA, Kamat S, Puranik RS, Puranik S, Saraf SP, Singh BP. Comparative evaluation of immunohistochemistry, histopathology and conventional radiography in differentiating periapical lesions. J Conserv Dent. 2014;17(2):164-168. https://doi.org/10.4103/0972-0707.128061
[2] Belibasakis GN, Rechenberg DK, Zehnder M. The receptor activator of NF-κB ligand-osteoprotegerin system in pulpal and periapical disease. Int Endod J. 2013;46(2):99-111. https://doi.org/10.1111/j.1365-2591.2012.02105.x
[3] Aghaloo TL, Cheong S, Bezouglaia O, Kostenuik P, Atti E, Dry SM, Pirih FQ, Tetradis S. RANKL inhibitors induce osteonecrosis of the jaw in mice with periapical disease. J Bone Miner Res. 2014;29(4):843-854. https://doi.org/10.1002/jbmr.2097
[4] Tibúrcio-Machado CS, Michelon C, Zanatta FB, Gomes MS, Marin JA, Bier CA. The global prevalence of apical periodontitis: a systematic review and meta-analysis. Int Endod J. 2021;54(5):712-735. https://doi.org/10.1111/iej.13467
[5] Furman D, Campisi J, Verdin E, et al. Chronic inflammation in the etiology of disease across the life span. Nat Med. 2019;25(12):1822-1832. https://doi.org/10.1038/s41591-019-0675-0
