院長のとっておきの話
院長のとっておきの話 その111 第3回 私が言い方を変えたこと
第3回 私が言い方を変えたこと

前回まで、フッ化物について決着している事柄を整理しました。
今回は逆のことを書きます。歯科の側が言いすぎてきた、あるいは私自身が使っていた言い方のうち、文献を確認して改めたものを挙げます。

■ 「むし歯の菌を殺す」とは言えません
フッ化物には確かに細菌への作用があります。解糖系の酵素であるエノラーゼを阻害することが、酵素レベルで詳しく調べられています(Kaufmann 1992、★2、https://doi.org/10.1159/000261494 )。ヒトの歯垢を採取した代謝解析でも、洗口に使われる濃度で乳酸の産生が34%から46%抑えられ、エノラーゼが止まったときに特徴的な代謝産物の変化が確認されています(Takahashi & Washio 2011、★3、https://doi.org/10.1177/0022034511423395 )。
ただしこれは殺菌ではなく、代謝の阻害です。そして重要な限界が2つあります。

ひとつは、この経路を迂回できる菌がいることです。ビフィズス菌やスカルドビア・ウィグシエという、小児のむし歯や白い斑点の病変から見つかる菌は、別の代謝経路を持っているためフッ化物への耐性が高く、酸産生を抑えるのに必要な濃度がミュータンス菌の6倍から14倍と報告されています(Manome 2019、★2、https://doi.org/10.3389/fmicb.2019.01099 / Kameda 2020、★2、https://doi.org/10.3389/fmicb.2020.00479 )。

もうひとつは、ミュータンス菌がフッ化物を細胞外に排出する仕組みを持っていることです。2025年の論文が、原著の記述としてこう書いています。主要なう蝕原性菌種であるミュータンス菌は、日常的なフッ化物曝露によって効果的に制御されてこなかった、おそらく解毒機構を持つためである、と(Weng 2025、★2、https://doi.org/10.1177/00220345251318688 )。
この論文は、その排出の仕組みを阻害する化合物を探すという内容です。つまり、十分に効いているなら開発する必要のない研究が行われている。それ自体が、抗菌作用の臨床的な重みの限界を示しています。
■ 「うがいをすると効果がなくなる」とも言えません
歯みがきのあと水でうがいをしないという指導は、広く行われています。私も説明してきました。

ところが3年間追跡した臨床試験では、1500 ppmF の歯磨剤で歯をみがいたあとコップの水で十分にうがいをした学校と、1回吐き出すだけの学校で、う蝕の増加量に有意な差は認められませんでした。両群はともに、歯みがきをしていない対照校よりは有意に低い値でした(Machiulskiene 2002、★3、https://doi.org/10.1159/000065955 )。
専門家によるコンセンサス文書も、この領域には確定的な指針を支持する質の高いエビデンスが不足していると明記しています(Pitts 2012、★2、https://doi.org/10.1038/sj.bdj.2012.260 )。
指導自体は続けてよいと考えています。仕組みとして妥当で、害がなく、費用もかかりません。ただし「うがいをすると効果がなくなる」という強い言い方は、エビデンスを超えています。
■ 「専門家が塗ったほうが効く」も示されていません

歯磨剤、洗口、ゲル、塗布を直接比較した研究の統合では、歯磨剤と洗口、歯磨剤とゲルの間に予防割合の差は認められませんでした。塗布が洗口より優れているという明確な示唆もありませんでした(Marinho 2004、★3、https://doi.org/10.1002/14651858.CD002780.pub2 )。
毎日の歯磨剤が基盤で、他は補うもの、という理解のほうが文献に合っています。
■ 塗布の「43%」という数字は、そのままでは使えません

フッ化物バーニッシュのメタアナリシスでは、永久歯の予防割合が43%(95%信頼区間30から57%)と報告されています。ただし原著自身が、エビデンスの質は中程度であり、主として高いバイアスリスクの研究を含み、異質性がかなり大きいと明記しています(Marinho 2013、★4、https://doi.org/10.1002/14651858.CD002279.pub2 )。
数字が大きいことと、その数字の精度が高いことは別です。
■ キシリトールが酸の産生を抑えるとは言えません

先に挙げたヒト歯垢の代謝解析では、10%のキシリトールは歯垢の酸産生にも代謝プロファイルにも何の効果も示しませんでした。原著は、キシリトールは歯垢の酸産生の阻害剤ではなく、むしろ発酵されない糖アルコールに過ぎないと結論しています(Takahashi & Washio 2011)。
■ 日本の洗口の数字も、割り引く必要があります
日本国内の資料では、フッ化物洗口の効果として30%から80%、就学前から始めた場合75%から85%という数字が示されることがあります。国際的なシステマティックレビューの推定は27%(95%信頼区間23から30%、中確実性)です(Marinho 2016、★4、https://doi.org/10.1002/14651858.CD002284.pub2 )。

差の理由の一部が特定できました。日本の代表的な報告では、洗口を実施した村で1974年から4歳から14歳の児童が参加し、対照の村には洗口がありませんでした。その結果む し歯の指数は76.1%低かったと報告されています。ただし同じ論文が、洗口を実施した村では1975年に地域の歯科保健を支援する団体が発足していたことも記述しています(Yoshihara 1993、★2、日本公衆衛生雑誌 40巻11号)。
つまりこの76.1%は、洗口と地域の保健活動を合わせた効果です。洗口だけの効果ではありません。

日本のデータで最も確かなのは、効果の大きさではなく格差の縮小のほうだと考えています。47都道府県のデータを解析した研究では、学校での洗口の実施率が都道府県間のむし歯指数のばらつきの25.2%を説明し、3歳時点でむし歯が多い県でより有効でした(Matsuyama 2016、★2から3、https://doi.org/10.2188/jea.JE20150255 )。家庭での歯みがき指導が届きにくい層にも届く、という点に価値があります。
■ まだ分けて測られていないこと

フッ化物には、歯の結晶に対する作用と、細菌に対する作用の両方があります。どちらがどれだけ効いているのか、その配分は、私が確認した範囲では定量されていません。両方を並べて記述した文献はありますが、寄与を分けた文献は見つかりませんでした。
わからないことは、わからないと書いておきます。


次回が最終回です。では何が本当に争われているのか、を書きます。
