院長のとっておきの話
院長のとっておきの話 その111 第4回 争われているのは「測れているのか」です
第4回 争われているのは「測れているのか」です

4回にわたって書いてきました。最後に、本当に決着していない部分を整理します。
■ 同じ介入について、結論が3つに分かれています

水道水フロリデーションの効果について、3つの層の研究が異なる結論を出しています。
前向きに比較した157研究を統合したシステマティックレビューでは、フッ化物配合歯磨剤が普及した1975年以降のデータで、乳歯のむし歯指数の差は0.24(95%信頼区間マイナス0.03から0.52)と推定されました。歯にして約4分の1本で、信頼区間は「利益あり」と「利益なし」の両方を含み、確実性は低いと評価されています(Iheozor-Ejiofor 2024、★4)。
一方、2014年から2025年の観察研究をまとめたレビューは、大部分の研究が約25%の減少を報告しており、エビデンスは圧倒的であると結論しています(Warren 2026、★3、https://doi.org/10.1016/j.adaj.2026.01.009 )。
さらにシミュレーション研究は、米国でフロリデーションを全廃すれば5年間でむし歯が2,540万本増え、98億ドルの費用が生じると推定しました(Choi 2025、★3、https://doi.org/10.1001/jamahealthforum.2025.1166 )。

同じ介入について、片方は「小さく不確実」、片方は「圧倒的」です。研究デザインの違いによる乖離です。
ここでひとつ注意点があります。3番目のシミュレーションは、2番目の観察研究の効果量を入力として使っている可能性があります。そうであれば、2番目と3番目は独立した証拠ではなく、同じ前提を共有した一連の推論です。「複数の研究が一致している」と数えることはできません。
■ 知能指数についての報告
米国の国家毒性プログラムは2024年8月、フッ化物曝露と神経発達についての報告書を公表しました。中程度の確信度で、飲料水中1.5 mg/L を超えるような高いレベルの曝露は小児の低い知能指数と関連する、という結論です(NTP Monograph 08、https://doi.org/10.22427/NTP-MGRAPH-8 )。

同時に、この報告書は自ら3つのことを明記しています。
ひとつ。このレビューはあらゆる供給源からの総曝露を評価するために設計されたものであり、フッ化物添加飲料水のみの健康影響を評価するために設計されたものではない。
ふたつ。米国で推奨されている0.7 mg/L という低いレベルが小児の知能指数に負の影響を与えるかを判定するには、データが不十分であった。
みっつ。関連はつながりを示すものであり、因果関係を証明するものではない。また本報告書はフッ化物の便益を評価するものではなく、評価することを意図していない。
対応するメタアナリシスは74研究を統合し、尿中フッ化物1 mg/L の上昇あたり知能指数が1.63ポイント低下すると報告しました。ただし52研究が高いバイアスリスクと評価されており、実施国10か国に米国は含まれていません。そして飲料水のみで測定した場合、1.5 mg/L 未満での関係については研究数が少なく不確実性が残ります(Taylor 2025、★3から4、https://doi.org/10.1001/jamapediatrics.2024.5542 )。

なおこの報告書は、総曝露の供給源として水道水、水を加えた食品や飲料、茶、歯磨剤、フロス、洗口剤を明示的に列挙しています。歯科での局所応用を、全身の曝露の話から完全に切り離すことはできません。だからこそ年齢別の使用量と誤飲への注意が定められています。
■ 本当の争点は、ここに収束します
2024年4月、米国、カナダ、メキシコ、スペインの研究者20名が集まった国際シンポジウムの報告書が公表されました。神経毒性を報告してきた側の研究者と、歯科フッ化物研究の側の研究者が、同じ文書に名を連ねています(Martinez-Mier 2025、★3、https://doi.org/10.1186/s12919-025-00345-1 )。
対立する立場の研究者が合意した事項の中に、こういう記述があります。

既存の出生コホート研究は、いずれもフッ化物曝露を研究するために意図的に設計されたものではない。バイオマーカーの選択、採取の間隔、食事からの曝露評価の設計が、そのようになっていない。したがって、意図的に設計された前向きの縦断コホート研究が不可欠である。
さらに、環境や食事に共存する他の元素との複合的な影響、ヒ素、鉛、水銀といった水系の神経毒物のモニタリング、社会経済状況、食事、ヨウ素といった共変量の組み込みが必要である、とされています。
つまり争われているのは「フッ化物に神経毒性があるか」ではありません。「そもそも誰がどれだけ曝露されているかを、我々は測れているのか」です。
そしてこの指摘は、最近になって出てきたものではありません。1994年、歯科の側の研究者が、フッ化物含有の歯科製品からの摂取や浄水器の使用があるため、飲料水中のフッ化物濃度は過去の摂取量の信頼できる指標ではない可能性があると書いています(Whitford 1994、★3)。2018年にも、小児の「最適」摂取量とされる数値は経験的に決められたものであり、個人レベルで厳密な最適域を想定することは現在の知識では非常に困難だと指摘されています(Buzalaf 2018、★3、https://doi.org/10.1177/0022034517750850 )。

30年前に分野の内部から出た指摘が、改善されないまま、その上に大量の疫学研究が積み上がった。これが現在の状況です。
■ 日本ではさらに測られていません
日本の状況を調べて、正直に驚きました。
日本人の総フッ化物摂取量について、私が確認できた最新に近い推定は1994年のもので、福岡市で入手できる65食品目を測定して成人1日あたり1.44 mgとしたものです。食品のみで、飲料水も歯科製品も茶も含んでいません。国際的な文献データベースで日本人の総摂取量や尿中フッ化物の集団データを検索しましたが、見つかりませんでした。
茶については特に問題です。先の国家毒性プログラムの報告書が曝露源として茶を明示的に挙げているにもかかわらず、日本の緑茶からの摂取量推定が見当たりません。

海外の研究を見ると、茶のフッ化物についての結論自体が分かれています。スリランカの紅茶を調べた研究は、茶による摂取で推奨閾値を急速に超えうるとしています(Chandrajith 2022、★2から3、https://doi.org/10.1007/s12011-021-02694-2 )。イランの緑茶を調べた研究は、茶は日常的な摂取に有意な寄与をもたらしえないと結論しています(Maleki 2016、★2、https://doi.org/10.4137/EHI.S38511 )。測定された濃度の範囲はほぼ重なっているのに、結論が正反対です。差を生んでいるのは測定値ではなく、想定した消費量と背景の曝露量でした。

日本は水道水にフッ化物を添加していません。しかしそれは、日本人がどれだけ摂取しているかを把握していることを意味しません。介入をしていないから、測る必要が生じなかった、という構造だと考えています。これは私の推論です。
■ 数字の読み方について、ひとつだけ
第1回で、環境省の調査で629地点が指針値を超えていたと書きました。この数字には内訳があります。
過去に超過が確認されて継続的に測定している地点が282、その周辺で汚染範囲を特定するための調査地点が217、そして概況調査などで新たに超過が確認された地点が130です。合計で629になります。新たに確認されたのは130地点です。

さらに、測定地点そのものが前年度の2,078地点から3,941地点へ、都道府県も39から47へと拡大しています。探した場所が増えれば、見つかる数は増えます。超過地点数の年次比較は、測定の努力の変化と切り離せません。
これは反対の立場の主張を吟味するための道具ですが、同じ厳しさが歯科の側にも向きます。「むし歯が減った」と言うときには、診断の基準や受診率の変化を同じように問わなければなりません。
■ 結論を出しません
ここまで整理して、結論は出せないと考えています。

言えることは、フッ化物配合歯磨剤の効果は確実性の高いエビデンスで支持されている、濃度は1500 ppmF あたりで飽和する、量が多ければ害が出る、日本は全身応用をしていない、そして曝露量の全体は測られていない、ということです。
「だから安全です」でも「だから危険です」でもありません。測定の問題が未解決である、というのが現在の正確な状態です。
判断の材料になるのは、名前ではなく、量と経路です。どのくらいの濃度のものを、歯の表面に使うのか、体内に入れるのか。この2点で考えるのが、いまのところ最も確かな方法だと思っています。

4回お読みいただき、ありがとうございました
