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院長のとっておきの話 その111 第1回 フッ素と呼ばれているものが、5つあります
第1回 フッ素と呼ばれているものが、5つあります

今年の4月1日から、水道水の水質基準に新しい項目が加わりました。PFOSとPFOAという物質で、この2つの合計が1リットルあたり50ナノグラム以下であることが、水道事業者に法的な義務として課されました。3か月に1回の検査も義務になりました。
その少し前、今年の3月27日には環境省が全国の調査結果を公表しています。河川や地下水の3,941地点を測定し、26都府県の629地点で指針値を超えていたという内容でした。
報道で「有機フッ素化合物」「PFAS」という言葉を見る機会が増えたと感じている方は多いと思います。そして歯科医院で「フッ素を塗ります」と言われたとき、これは大丈夫なのだろうかと思われるのは、まったく自然なことです。名前が似ているからです。

今回から4回にわたって、この「名前が似ている」という問題を整理していきます。
■ 日本語で「フッ素」と呼ばれているもの
少なくとも5つの別のカテゴリが、同じ言葉で呼ばれています。

ひとつ目は元素としてのフッ素です。化学記号でF、気体としてはF2と書きます。反応性が極めて高い物質で、日常生活で遭遇することはありません。
ふたつ目は無機フッ化物です。フッ化ナトリウムやモノフルオロリン酸ナトリウムなどで、水に溶けるとフッ化物イオン(F-)になります。歯科で使われているのはこれです。
みっつ目は有機フッ素化合物です。炭素とフッ素が結合した有機化合物の総称で、医薬品や麻酔薬もここに含まれます。つまり、このカテゴリ全体が有害というわけではありません。
よっつ目がPFASです。有機フッ素化合物のうちの特定のクラスで、環境省の説明では1万種類以上の物質があるとされています。PFOSとPFOAはこの中に含まれます。
いつつ目はフッ素樹脂です。PTFEなどのポリマーで、調理器具のコーティングなどに使われています。
■ PFASが分解されない理由
PFASという略語は、パーフルオロアルキル化合物とポリフルオロアルキル化合物の総称です。「パー」と「ポリ」で、実は挙動が違います。
「ポリ」側の物質は、微生物によって部分的に分解されます。この過程でフッ素が炭素から外れる反応も起こります。ただし、その結果として生成するのは「終端」のパーフルオロアルキル酸です(Geng & Helbling 2024、★2、https://doi.org/10.1021/acs.est.4c09534 )。
そして「パー」側、つまりPFOSやPFOAは、そこから先に進みません。前駆体を分解できる細菌を分離した研究で、それらの菌株はPFOAとPFOSについては検出可能な分解を示しませんでした(Zhao 2026、★2、https://doi.org/10.3390/toxics14070564 )。

つまり、いま規制の対象になっているPFOSとPFOAは、分解の終着点にあたる物質です。炭素とフッ素の結合が強固で外れないため、環境中に残り続けます。「永遠の化学物質」と呼ばれるのは、この性質を指しています。
■ 腎臓の働きが正反対です
無機フッ化物とPFASの違いは、体内での動き方に最もはっきり現れます。

無機フッ化物イオンの場合、腎臓からのクリアランスは他のハロゲンに比べて高いことが知られています。体内に取り込まれた量の約99%は硬組織、つまり骨や歯に会合します(Whitford 1994、★3、https://doi.org/10.1177/08959374940080011001 )。
一方PFASでは、血清中の半減期が年単位です。スウェーデンで水道水汚染が終わった時点から追跡した研究では、PFOAが約2.7年、PFOSが約3.4年、PFHxSが約5.3年と推定されています(Li 2018、★3、https://doi.org/10.1136/oemed-2017-104651 )。長い半減期の背景には、腎臓での飽和性の再吸収という過程が関与すると考えられています(Olsen 2007、★2、https://doi.org/10.1289/ehp.10009 )。

無機フッ化物にとって腎臓は排出する装置で、PFASにとっては体内に留める装置として働いている、ということになります。

規制される濃度の桁が大きく違うのも、このためです。PFOSとPFOAの水質基準は1リットルあたり50ナノグラム。かつて日本で水道水にフッ化物を添加していた地域の濃度は1リットルあたり0.6ミリグラムでした。6桁以上の違いがあります。これはどちらが危険かという話ではなく、性質がまったく異なる物質を同じ尺度で比べることはできない、ということを示しています。

■ 歯科の側から先にお伝えしておきたいこと
歯科製品とPFASの接点について、報告されている研究があります。ただしそれは歯磨剤のフッ化物ではありません。
米国の研究で、フッ素樹脂を用いたデンタルフロスの使用が、一部のPFASの血清濃度の高さと関連していたという報告があります。製品を分析したところ、フッ素が検出可能なレベルで含まれていることも確認されました(Boronow 2019、★2、https://doi.org/10.1038/s41370-018-0109-y )。

この研究には明確な限界があります。対象は178名で、横断的な設計です。行動については自己申告で、しかも採血が2010年から2013年、聞き取りが2015年から2016年に行われており、時間的な順序が逆になっています。製品にフッ素が含まれていることは、それが口の中から吸収されることの証明ではありません。仮説を提示した段階の研究です。

ですから、これはフロスを使わない理由にはなりません。フロスの歯周病予防やう蝕予防に関するエビデンスと、この仮説段階の所見とは、エビデンスの階層がまったく違います。
それでもこの研究をお伝えするのは、構造そのものが今回の主題を示しているからです。歯磨剤のフッ化物の話をしているつもりで、実際にPFASとの接点が報告されているのはフロスの側だった。同じ歯科製品の中でも、問題の所在は別なのです。名前が似ていることを理由に一緒にしてしまうと、こういう見落としが起こります。
■ 新潟県という例
最後に、ひとつ興味深い例を挙げます。

新潟県は、1970年に弥彦村で日本初の集団フッ化物洗口が始まった県です。12歳児の一人平均む し歯本数は、2011年度まで12年連続で全国最小でした。
一方で、新潟県は水道水にフッ化物を添加したことがありません。日本で水道水フッ化物添加が行われたのは、京都市山科地区(1952年から1965年)、米軍統治下の沖縄本島(1957年から1972年)、そして1960年代後半の三重県朝日町の3か所だけで、現在実施している自治体はありません。
そして今年3月の環境省の調査で、新潟県はPFOS・PFOAの指針値超過地点がゼロだった道県のひとつでした。
「フッ素」という一語で括られる3つの別の事柄が、この一県の中できれいに分かれて観察できます。


次回は、この分野で実は専門家の間でも争いになっていない、決着している事柄を整理します。
