院長のとっておきの話
院長のとっておきの話 その113 「鮭を、毎日食べるなら」全5回 第1回 紅鮭と銀鮭は、そもそも別の魚です
第1回 紅鮭と銀鮭は、そもそも別の魚です

スーパーの切り身売り場に、紅鮭と銀鮭が並んでいます。この違いを「天然か養殖か」だと説明されることがありますが、これは順序が逆です。
紅鮭はオンコリンクス・ネルカ、銀鮭はオンコリンクス・キスチという、はじめから別の種です。紅鮭は商業的な養殖が事実上成立していないため全量が天然、銀鮭は日本で流通するもののほぼ全量が養殖です。天然か養殖かは、種の性質から生じた結果であって、区別の定義ではありません。

どれくらい違うかというと、ウマとロバ、ライオンとトラくらいです。ミトコンドリアDNAの分子時計では、紅鮭を含む系統と銀鮭を含む系統が分かれたのは約630万年前と推定されています。★2[1]
この順序を間違えると、あとの話が全部ずれます。二つの魚を比べたときに出てくる差は、種の差なのか、養殖という育て方の差なのか、原理的に分離できないからです。この二つを切り分けた研究は、私が探した範囲では存在しませんでした。
■ 成分表で確かめられること
日本食品標準成分表(八訂)増補2023年から、可食部100グラムあたりの値を並べます。
べにざけ 生 エネルギー 127キロカロリー 脂質 4.5グラム たんぱく質 22.5グラム EPAとDHAの合計 750ミリグラム n-3系脂肪酸 0.92グラム、n-6系脂肪酸 0.11グラム リノール酸 56ミリグラム ビタミンD 33.0マイクログラム
ぎんざけ 養殖 生 脂質 12.8グラム EPAとDHAの合計 1200ミリグラム n-3系脂肪酸 2.03グラム、n-6系脂肪酸 1.65グラム リノール酸 1500ミリグラム ビタミンD 15.0マイクログラム

EPAとDHAの絶対量は養殖の銀鮭のほうが多いという点に注意していただきたいと思います。「養殖はオメガ3が少ない」という言い方をときどき見かけますが、成分表を見る限りそうではありません。正確には、n-6系脂肪酸が桁違いに多い、と言うべきです。リノール酸は約27倍の差があります。
一方でビタミンDは紅鮭が2倍以上です。
■ 補足しておきたいこと
成分表の「ぎんざけ 養殖」には産地の指定がありません。宮城県産なのか、チリ産なのか、その混合なのかは成分表からは判別できません。日本市場に流通している養殖銀鮭の平均像、と読むのが正確です。
宮城県産の養殖銀鮭について、フィレの成分や脂肪酸を測定した査読論文は、医学文献データベースには一件も見当たりませんでした。見つかったのは魚の病気と品種改良に関する研究だけです。

ただ、養殖銀鮭にリノール酸が多い理由は分かっています。銀鮭の稚魚を使った飼料試験では、リノール酸の至適要求量が飼料の1.23から1.25パーセントと推定されており、少なすぎても多すぎても成長と飼料効率が悪化します。★2[2]
つまり養殖銀鮭のn-6が多いのは、飼料が手抜きだからではなく、魚の生理的な要求に基づいた設計の帰結です。「養殖はn-6が多いから駄目」という単純な言い方は、ここで一段止まるべきだと考えています。
□ 紅鮭の味が濃く感じられるのは、種のせいではないかもしれません
紅鮭と銀鮭を官能評価で直接比較した査読論文は、探した範囲では見つかりませんでした。サーモンの官能研究はほぼすべて、大西洋サケの調理法比較か製品開発の話です。
そこで、成分表から言えることと言えないことを分けてみます。
■ 言えること
脂質は紅鮭4.5グラム、養殖銀鮭12.8グラム。水分は紅鮭が多く、たんぱく質も紅鮭のほうが高い。口当たりとコク、身の締まり方の差は、ほぼこれで説明がつきます。
■ 言えないこと
成分表に載っているアミノ酸は、たんぱく質を構成しているアミノ酸です。うま味を決める遊離のグルタミン酸やイノシン酸は載っていません。成分表から読めるのは脂の量と食感までで、「うま味の強さ」は読めません。
■ 風味の劣化については、予想と逆の報告があります
天然サーモンと養殖ニジマスを真空包装で6か月冷凍保存した1990年の研究では、酸化の指標であるTBA値が天然では1キログラムあたり2.8から12.5マイクロモルへ(蛍光灯下では17.6へ)上昇したのに対し、養殖ニジマスは1.2から5.8にとどまり、光の影響も受けませんでした。官能評価でも天然のほうが早く酸敗すると確認されています。★2[3]

しかもこの研究、保存前のアスタキサンチンは天然サーモンが1キログラムあたり4.9ミリグラム、養殖ニジマスが9.1ミリグラムで、養殖のほうが多いという結果でした。魚種が違うので直接の比較にはなりませんが、「天然のほうがアスタキサンチンが多い」も無条件には成り立たないということです。
n-3系脂肪酸の比率が高いほど酸化しやすいので、紅鮭は新鮮なうちは味が澄んでいるが劣化が速い、という性格になります。
■ ここからが本題です
日本で紅鮭はほぼ塩蔵で流通し、銀鮭は生か甘塩で流通します。塩蔵は脱水とたんぱく質の分解を進め、遊離アミノ酸を増やします。

「紅鮭は味が濃い」と感じられている部分のかなりは、種の差ではなく加工の差である可能性が高い。同じ条件、つまり生で、無塩で、同じ焼き方で比べた試験が存在しない以上、この二つを分離することはできません。
比べているつもりの変数と、実際に効いている変数がずれている。これは栄養の話でも研究の読み方でも、繰り返し出てくる形だと思っています。
もう一点。天然の紅鮭は漁期と産卵前後で脂の乗りが大きく変わりますが、成分表は年間の代表値が一点あるだけです。養殖銀鮭は出荷の時期とサイズが管理されているので個体差が小さい。「紅鮭は当たり外れがある」という感覚は、この分散の差として説明できると考えます。

■ 参考文献 [1]Wilson WD, Turner TF. Mol Phylogenet Evol. 2009;52(2):406-415. doi:10.1016/j.ympev.2009.03.018 [2]Yu H, et al. Animals (Basel). 2022;12(19):2631. doi:10.3390/ani12192631 [3]Andersen UB, et al. Z Lebensm Unters Forsch. 1990;191(2):119-122. doi:10.1007/BF01202636

この連載は一般的な情報提供を目的としたもので、特定の食品やサプリメントの効果を保証するものではありません。食事や栄養についてのご相談は、かかりつけの医師や管理栄養士にご相談ください
